第11話 童貞だと思うな

 月野アリスが尻ドラム部に参加してくれた。

 俺は好きな女の子へ告白し、頷いてもらえたときくらいに喜んだ。


 しかし、そんなことは今までに一度たりとも経験したことがなかった。たぶん、同じくらいなのだ。


 そして俺は勧誘活動を水面下で続けることにした。

 先生に禁止令を出され、不良に目を付けられたくらいじゃ俺は止まらなかった。


 今日は放課後の誰もいない教室で、月野と作戦会議を行っていた。


「あと三人……」

「仮に五人揃ったとして、顧問になってくれる先生はいるのか?」

「……考えはある」

「そうか、そこは信じよう。……ところで、宙よ」

「どうした、月野」


 月野は、ずいと身を乗り出して俺の耳元に口を寄せた。

 心臓が跳ね上がった気がした。硬直状態の俺の耳に月野の吐息と言葉がそっとかかる。


「宙は女のお尻を実際に叩いたことはあるのか?」


 俺から離れた月野は頬を少し赤らめていた。きっと俺の顔はもっと赤くなっているだろう。


「あ、あると思うか?」

「童貞だと思うな」

「それは話が別だろう」


 童貞だけど。


「実際に叩いたこともないのに尻ドラム部を発足とは、随分と強気ではないか?」

「そうかもしれねぇ……でも俺はやりたいんだ」

「……私も参加を希望したものの、男の人にお尻を叩かれたことはなくてな」

「お、おう……」


 むしろ、叩かれたことがあったら驚きだよ。

 俺は月野のお尻を想像して、生唾を飲み込んだ。


「それでだな、その……今日宙の家に行ってもいいか?」

「それでで繋がる話じゃないな!?」


 急な申し出に動揺を隠すことが出来なかったせいか、重要なことをスルーした気がする。……俺ん家!?


「話の流れから察してもらいたいのだが……」

「お尻を叩いたこと、叩かれたことがあるかないかって話だよな……」

「そうだ。お互い未経験だと、これから参加してもらう人に示しがつかないと思うのだ」

「……なるほど」


 流石にここまで言われて察せないほど俺は馬鹿じゃなかった。


「で、なんで俺ん家に来たいんだ?」


 だから、馬鹿のふりをした。


「あぁもう!」


 月野は悪態をついて、もう一度俺の耳元に口を近付けた。


「宙の家で私のお尻を叩かないかと言ってるのだ……!」


 月野の言動に自分の顔が火照っているのを感じた。

 きっと今は目の前の月野と同じくらい、顔を真っ赤にしているんだろうな……。


 かくして、俺は月野とお家デート……もとい部活動の予習を行うこととなった。

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