第14話 じゃあ、お尻出してみ?
俺はどうして、校舎の屋上で水瀬麗に壁際へ追い込まれているのだろうか。
水瀬は壁に手を突いて俺を追い詰めているが、このシチュエーションは本来男女逆の立場でやるのが一般的ではないだろうか。
それにしても顔が近い。
グロスによって色っぽく艶を出している唇。吸い込まれるような大きな瞳。すっと伸びた鼻筋。クレオパトラと呼ばれても堂々としていられるのは、彼女が自分の美しさに自信を持っているからなのではないだろうか。
だけど、今はその美貌も怒りの表情で台無しだった。いや、怒ってる顔も素敵なのかもしれないけれど、それは客観的に見た場合であって、怒りの矛先である俺からすればただただ怖かった。
俺と水瀬以外に誰もいない昼休みの屋上で、俺は水瀬に迫られていた。
理由はまだ聞いていない。
登校時、下駄箱に一通の手紙が入っていた。昼休みに屋上へ来てほしいという内容だった。
名前は書かかれていなかったが、可能性として女子の告白八割、誰かの悪戯一割、不良の呼び出し一割で考えていた俺はわりとお花畑な頭だったのかもしれない。
とにかく、好きですなんて言われる雰囲気でもないわけで、黒ギャルに怒りの感情で迫られると恐怖しか感じなかった。
奥歯を鳴らし涙目の俺は、水瀬の言葉を待つしかなかった。
「……なに怯えてんの」
「ギャル……怖い……」
「あ? 馬鹿にしてる?」
「ひぃぃ……!」
俺の膀胱に尿が溜まっていれば、失禁していただろう。
俺はここに来る前にトイレを済ませていた。あの時の余裕こいていた俺に、屋上へ行くなと警告したい。
「なんで怒ってるか分かる?」
俺は自分が気付かないうちに何か悪いことをしたのではないかとここ最近の自分の行動を思い返した。
月野と陽子の顔が思い浮かんだ。
尻ドラム部の勧誘活動、不良に絡まれ……そういえばこいつ、あの時見てたよな? あの時は怒ってたように見えなかったけれど……あれ以降か?
そもそも初めて会話したときも、こいつは俺に対して不満そうだった。
「……わかりましぇん」
「はぁぁぁぁ……」
大きくため息を吐かれても、少なくとも水瀬に直接なにかやった覚えはなかった。
「あんたには色々と言いたいことはあるけどね、思い出すまで待つって決めたの。今言いたいのはそれじゃないの」
何のことだかさっぱり分からない。問い返そうかと思ったけれど、水瀬は言葉を続けた。
「で、なんであたしを誘わないの?」
「へ?」
「尻ドラム部よ、尻ドラム部!」
「……へ?」
「周りの可愛い子みんな声かけてるのに、なんであたしには声かけないの? あたしのこと避けてるの?」
「待って、入部したいの?」
「ハァ!? そんなわけないじゃない!」
俺は先日の不良騒動で見た、女子のプライド問題を思い出し、確信した。
俺に尻ドラム部の勧誘をされることが女子のステータスになっていると。
俺が声をかけないのは、彼氏持ちであると分かっている子、容姿が好みじゃない……単刀直入に言えば可愛くない子、そしてギャルだった。
そして、水瀬は声をかけられないのは、自分が可愛くないと判断されたからだと誤解しているのだ。
まるで痴漢被害をステータスと考える女のようで、理解出来ない。
いやちょっと待て、それじゃ俺の勧誘の声は痴漢と同レベルと言うことになる。
「さぁ、誘いなさい」
断られるのを分かってて誘う奴はいないだろう。それになんだか、俺の誘いを断ることに熱心になられても良い気はしない。
「……誘わない」
「おい!」
水瀬は俺の胸ぐらを掴んで凄んだが、怒られている理由を冷静に考えるとあまり怖くなかった。
「あなたの入部はお断りしまーす」
「どうしてよ!」
納得いかないから、とだけ答えても面白くないと思った俺はどうにか俺が得する方向へ持っていけないかと考えた。
そして閃いた。
「じゃあ、お尻出してみ?」
「は?」
「俺はお尻を見て、誘う人を決めてたんだよ。水瀬のお尻はまだ見てないから誘えない」
「嘘、今まで声をかけてきた女子全員のお尻を見たなんてありえないから」
「生でとは言ってないだろ」
「あんたならやりかねないわね」
こいつ……。
「いいから、見せてみろよ」
「くっ……分かったわよ。ほら……好きなだけ見れば?」
水瀬は俺の胸ぐらを掴んでいた手を離し、背を向けた。
俺は屈んで、水瀬のお尻に顔を近付けた。
「ちょ、近いってば!」
「うーん……スカートでよく分からないなぁ。ちょっと壁に手を突いて、お尻を突き出してみてよ」
「はぁ!?」
「いやならいいよ、俺教室に戻るから」
「待ってよ! やらないなんて言ってないから!」
俺は勝利への一歩を踏みしめた。
水瀬は壁に両手を突いて、お尻を突き出す姿勢を取った。
「こ、こう……?」
プライドは高いくせに馬鹿だなぁ。いいように言いくるめられて、アダルトビデオに出演させられそう。
ギャルってみんなこうなのか? なんて偏見を持ちながら、俺は相変わらず屈んで水瀬のお尻を眺めていた。
「なんとか言いなさいよ!」
「お前、貧相な尻だな。スカート越しじゃ形もはっきりしねぇ」
「なっ、なにそれ! あんたの言われた通りやってるじゃない!」
「それじゃ足りないんだよなー……」
「どうしろっていうのよ!」
俺はその言葉を待っていたと言わんばかりに口角を上げた。
「スカート、上げてみ?」
「え?」
水瀬の表情が怒りから困惑に変わった。
「冗談……でしょ?」
「いやならいいんだよ?」
そして水瀬の表情に怒りが戻り、流石に無理かと思ったときだった。
水瀬は壁から手を離し、お尻を突き出したままの状態でゆっくりとスカートをたくし上げ始めた。
「あとで……殺すから……」
「おぉぉぉぉ……」
唇を噛み締め、眉間に深く皺が寄るほどに強く目を閉じた水瀬。
俺は気付かれないようにスマホのビデオカメラ機能で撮影を始め、そのスカートがたくし上がるのを待った。
紫や赤のショーツを予想していたが、意外なことに露わとなったのは純白のショーツだった。
「そのままの状態でお願いしてよ」
「うぐっ、うぅ……お願いします……」
「具体的に」
「あたしを……尻ドラム部に誘ってください……」
「尻ドラム部に入れてくださいって」
試しに言ってみる。
「尻ドラム部に……入れてください……」
羞恥と怒りで何も考えられないのか、水瀬は素直に復唱した。
「分かった」
「えっ?」
次の要求を覚悟していたのか、水瀬は拍子抜けした声を出しながらスカートから手を離して振り向いた。
俺は撮影を止めて、今撮った動画の再生画面を水瀬に見せる。
水瀬は零れそうになっていた涙を拭い、俺の差し出したスマホの画面に顔を近付けた。
「なによこれ……」
そこにはスカートをたくし上げ、懇願する水瀬の姿が映っている。画面に映る自分の痴態を見る彼女の顔は徐々に青ざめていった。
「なぁ、尻ドラム部に入らないか?」
「は? ふざけ……これ消しなさいよ!」
水瀬がスマホに手を伸ばす。俺は咄嗟に退いて自分のスマホを守った。
「もう一回訊くけど、尻ドラム部に入らない?」
「はぁ? だから入らな……あっ」
俺は返事を聞くより先にスマホを指差した。それを見た水瀬は何かに気付いて言葉を止めた。
そう、俺がこの動画で脅迫していることに気付いて、水瀬は俺の誘いを断れないのだ。
画面を見つめる彼女は無言だった。この状況をどうやって切り抜けようか考えているのだろうか。どうすれば、これからも今まで通り平穏な日々を過ごせるのかを考えているのだろうか。
俺の誘いに乗るしか方法は無いというのに、一生懸命考えている顔が堪らなく嗜虐心をそそられた。
俺はギャルに勝ったのだ! まぁ、いくら脅しのネタがあったところで俺は紳士だから尻ドラム部への入部以外の目的で脅すことはないのだけど。
やがて水瀬の目からは光が失われ、一度は堪えた涙が頬を伝った。
俺は改めて、水瀬に提案する。
「尻ドラム部に入らない?」
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