第13話 好きな人って、俺も知ってる人?
俺は公園の砂場で大きな大きな山を作ろうとしていた。
膝の高さからなかなか大きくならず、いつの間にか空が夕日に染まっていた。
「そらくん、かえろー」
「さきにかえってて」
一緒に遊んでいた子たちはみんな帰ってしまったけれど、俺はもっと山を大きくしたくて帰らずにいた。
目標は、登って座れるくらい大きな山だった。
「そらくん、はやくかえらないと、おこられちゃうよ?」
女の子は俺を置いて帰れないらしく、俺の横に居座っていた。
「うん、だからさきにかえってってば」
「おこられてもいいの?」
俺は手を止めずに話し続けた。
「もうちょっとだから」
もうちょっとで目標に届くわけでもないのに、諦めきれない俺がいた。
門限はとっくに過ぎていて、夕暮れは夜の空へと変わり果てた。
焦燥感と山が完成しなかった悔しさに俺は涙を流した。
「なかないで?」
女の子は俺の頭を撫でてくれた。
その後、俺と女の子は手を繋いで帰った。
「ねーねー」
「なに?」
女の子は言い淀み、俯いてしまった。何か言いたいことがあるけれど、言い出せないらしい。
自然と歩く速度が落ち、最終的に道の端っこに二人並んで立ち止まった。
「なに?」
「そらくん、わたしのこと……すき?」
女の子の問いは唐突だった。
俺は深く考えず、この時間まで一緒にいてくれたからという理由で頷いた。
「じゃあ、おとなになったら……わたしとけっこんしてくれる?」
「うーん……いいよ」
あまり意味を理解していなかった俺は、その問いが最上級の「好き」くらいにしか思っていなかった。確かにその瞬間は、その女の子が好きだった。
懐かしさがこみ上げてきて、夢だと気付いた。
後頭部の柔らかい感触に疑問を覚えながらゆっくりと目を開いた。
おっぱいによるブレザーの膨らみとその向こうに俺の顔を覗き込む陽子の顔があった。
俺は自分の部屋のベッドの上で、陽子に膝枕をされていることに気付いた。
「なんで……?」
「おはよう。もう夜だけど……」
「えーっと……」
状況は微妙に飲み込めなかったけれど、頭頂部に痛みを感じ、月野に木刀で叩かれたことを思い出した。
時計を見るとあれから一時間以上経っていた。
「月野さんなら帰っちゃったよ」
「そうか……」
「何したの?」
「……悪いこと」
少し反省している。
「もう……折角友達になってくれたんだから、嫌がることしちゃ駄目だよ?」
俺は下から見る陽子のおっぱいと顔に圧迫感を覚えて寝返りをうった。視界が陽子の腹部で覆われる。
「なぁ、陽子」
「なぁに?」
「上級生に告白されたんだって?」
「……うん」
少しの間を置いて、肯定。隠す気はないと判断した俺は質問を続けた。
「好きな人がいるからって、断ったって聞いたけど」
「そうだよ」
その返答に俺は息を飲んだ。
陽子に対して好意を持っていたわけじゃないけれど、胸に謎のざわめきを感じる。
いいや謎なんかじゃない、これは紛れもない嫉妬だった。
「好きな人って、俺も知ってる人?」
俺の問いに陽子は答えなかった。ちらっと俺の方を見て、何もない壁を眺めたまま黙り込んだ。
「昔、俺に結婚してくれって言ってきたよな?」
俺は陽子の顔を見ずに訊いた。
「宙くんが私に言ってきたんじゃなかった?」
「あれ? 砂場遊びの帰り道?」
「え? お風呂で、だったと思う」
「お風呂!?」
「私は……いいよって言ったけど」
「うーん?」
とんでもない記憶の錯誤が生じていた。俺の記憶と陽子の記憶、どちらが正しいかは分からないが今重要なのは場所でもなければ、どちらが言い出したかでもなかった。
「あれって、効力まだ続いてるのかな」
今、俺にとって重要なのはこちらだ。重要って言っても冗談半分。残りの半分は……返答次第。
今度の沈黙は先ほどのものより深く、そして重く感じた。
俺は横目で陽子の顔を窺った。
どこか遠くを見るように、相変わらず壁を見つめる陽子の沈黙は肯定か否定か……。
陽子がなにを考えているのか分からなくて不安になった俺は、彼女の腰に腕を回し、抱きつくよう顔を埋めた。
「ようこぉおおおお……。彼氏が出来ても膝枕してくれよぉ……」
陽子がどこか遠くに行ってしまいそうな不安が押し寄せてくる。
だから俺は、冗談混じりに、だけどどこか本気で彼女にしがみついた。
陽子は俺をあやすように頭を撫でてくれた。彼女からはとても良い匂いがした。
結局、この件に関して陽子はなにも言わず仕舞いだった。
ただまぁ、俺もどうして自分が嫉妬しているのか分からないから、あれ以上のことは言えなかった。
ちなみに、月野はしっかりとエロ本を持って帰っていた。
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