第31話 俺に演奏を教えてください
俺は早速、軽音楽部の部室へ向かうことにした。誰かについて来てもらおうと思ったけれど、部長を信じてるとおだてられ一人で行くことに。
信頼されているというより、放任されていて複雑な気持ちになった。
軽音楽部の部室前へやってきた。もちろんアポ無し。扉をノックする。
部屋からは楽器の音は聞こえなかった。お陰ですぐに気付いてもらえたようで、扉は内側から開かれた。
「はーい……あら、これはこれは」
三年生、軽音楽部部長の音無鈴(おとなしすず)先輩が出迎えてくれた。
肩まで伸びた薄茶色の髪を耳にかき上げる仕草が色っぽい。その垂れ目の瞳でじっと見つめられて、俺は催眠術をかけられたんじゃないかってくらいにぼーっと見惚れていた。不思議そうな顔で首を傾げられ、ふと我に返る。
「あっ、えっと俺は……」
「お尻ドラム部の小森くん……よね?」
「はい」
ご存知ですか、光栄です。なんて言えない。
俺はこの人にも部活勧誘の声をかけたことがあった。三年生で軽音楽部の部長だからと、丁寧に断られたことを覚えている。
おっとりとした雰囲気はどことなく陽子に似ているが、大人っぽさというか、色っぽさが高校生のそれとは思えない人だ。
どうぞ、と入室を促される。
「失礼します」
部室を見渡すと、やっぱり目につくのは楽器だった。ギター、ベース、ドラム、キーボードと一通り揃っている。そして大きなテーブル……と思ったら脚が学校の机だ。四つほど並べてテーブルクロスを掛けているものだった。
その上には紅茶とケーキが並べられ、三人の女子生徒が椅子に座ってそれを囲んでいた。
軽音楽部のティータイムなんて都市伝説と思ってました……。
三人の女子生徒は当然ながら、突然の来訪者に注目していた。
一人はギャルというよりもヤンキーの部類に入りそうな女子、三年生の風間茜(かざまあかね)先輩。
着崩した制服に金髪の長い髪が印象的で、何よりこちらを睨むその目の威圧は無意識に俺を後ずさらせていた。
その横に座るのは二年生の天寺澄香(あまてらすみか)先輩。
詳しくは知らないが、どこかのお嬢様らしい。風紀委員長の獅子原先輩と合わせて、この学校の二大お嬢様キャラである。
黒髪ロングで前髪ぱっつん、白い肌に紅い唇の日本人形のような風貌である。淑女のような振る舞いと、その落ち着いた物腰は関わる相手さえ自然と紳士淑女になるとかならないとか。
なぜか俺を見て、持っていたファー付きの紅い扇子を広げて口元を隠した。
その二人の対面に座っているのは、小泉日和さんだった。
相変わらず小学生みたいだなんて失礼なことを考えながら、会釈する。会釈を返してくれた彼女は先日の食堂で会ったことを覚えてくれている様子だった。
三人に見つめられる俺は挙動不審気味に音無先輩を見る。
「ごめんなさいね、ちょっとお茶してたの。すぐ淹れるから座って?」
「あ、お構いなく……」
そう言って予備の椅子を部屋の片隅から持ってきた音無先輩は、俺に座るよう促した。
お構いなくとは言ったものの、音無先輩はすでにティーポットにお湯を入れはじめていた。
相変わらず無言でこちらを見つめる三人と机を囲む。
ちなみに俺は天寺先輩にも勧誘の声をかけたことがあるが、もちろん断られている。風間先輩は怖いのでスルーしていたし、今もこちらを睨み続ける彼女の顔を直視出来ない。
「それにしても、本当にお尻ドラム部を作るなんて凄いわね」
音無先輩が淹れたての紅茶を机に置きながら言った。
さっきから頭に「お」を付けられて、なんとなくむず痒かった。
「どうも……」
「それで、今日はなにかしら?」
自身も椅子に座り、俺を値踏みするように見て言った。どこか楽しそうというか、楽しませてほしいという期待の混じった声色な気がした。
「俺……いや、尻ドラム部は今度校内でゲリラライブを行います」
「へぇ、面白そうじゃん」
最初に関心を示したのは意外にも風間先輩だった。
気怠そうに腰掛けていたが、身を乗り出し机に頬杖をついて俺の次の言葉を待っていた。
「それで、どうして軽音楽部に?」
音無先輩に促され、俺はこれまでの経緯を説明した。
ゲリラライブをやる理由、音楽経験者がいなくて困っていること。
音無先輩はにこやかに相槌を打って聞いてくれた。風間先輩は最初の反応ほどではないにせよ、興味を示していた。天寺先輩と小泉さんも反応こそしないものの耳を傾けてくれていた。
「ところで、ドラムって誰が担当してます?」
「日和ちゃんね」
「ええ!?」
意外というか、なんというか。大人しそうな割に力強くドラムを叩く小泉さんを想像してみる。
「彼女は今年から、うちの作曲もしてくれてるの」
「一年で!?」
「ふふ、学年は関係ないわよ」
小泉さんが恥ずかしそうに俯き、スケッチブックに何かを書いていた。
『ライブの話を進めてください』
そう書かれたスケッチブックで顔を隠す。頑なに声を出さないつもりらしい。
あとから聞いた話なのだが、彼女は滑舌の悪さがコンプレックスらしく、極力声を出さないようにしているとのことだった。
「それで、私たちに何をして欲しいの?」
「俺に演奏を教えてください」
俺の言葉で、場が静まりかえった。
音無先輩は相変わらず微笑んで、小泉さんは俯いてて。風間先輩は目を眇め、天寺先輩は目を細めた。
そんなに変なことを言っただろうか。いや、彼女たちからすると変なことかもしれない。
俺が演奏するのは尻ドラムなのだから。
「楽しそうね。私は……うん、いいわ」
音無先輩が言った。全員が彼女を見る。
「鈴先輩、貴女は三年生……私たちの活動と受験勉強もあるというのに、彼らに貴重な時間を割くのですか?」
「なぁに澄香、妬いてるの?」
「ふん」
悪戯っぽく笑う音無先輩に、これまで見せなかった子どもっぽい表情で天寺先輩はそっぽを向いた。
「茜はどう?」
「メンドクセー」
「日和ちゃんは?」
『構いません』
反応はマチマチだった。やはりと言うべきか、風間先輩と天寺先輩の反応は悪い。
ただまぁ、初対面で言うのもなんだけど、二人が協力的な姿を想像するのは難しかった。
「曲目は決まってるの?」
「いえ、正直尻ドラムで何が出来るのかも分かってなくて」
「そのわりに自信満々だな」
風間先輩の指摘に対して謙遜はなかった。事実、俺は自分のやっていることに迷いはなかった。
なぜか?
「何が出来るか分からないってのは、どんなことでも出来る可能性があるってこと」
「はい……!」
音無先輩が代弁してくれた。
この人は分かってくれてると思う反面、見透かされてると言えなくもない。
この人に嘘を吐いてはいけない、そう直感した。
「なんでそんなに協力的なんだ?」
じっとりと目を細めて、風間先輩は音無先輩を睨んだ。
確かに音無先輩は、学校中で変態と呼ばれる俺に優しく接してくれる良い人だけど、自分の時間を割いてまで協力しようとしてくれる理由は分からなかった。
風間先輩の問いかけに対する答えが気になって、俺も音無先輩を見た。天寺先輩と小泉さんも彼女を見ていた。
「楽しそうってのもあるけど、私頑張ってる人を見るの好きなの。応援したくなるって言うか、努力の結果を見てみたくなるって言うか……」
微笑みながら言う音無先輩の好きという言葉を聞いた途端、他の軽音楽部員がピクリと反応を示した……気がする。
「あー、小森だっけ?」
「はい」
「楽器の演奏教えてやるよ」
風間先輩は掌を返したように言った。
「私も教えて差し上げますわ」
天寺先輩も相変わらず口元を扇子で隠しながら言った。
「本当ですか!?」
二人とも平坦な声色で、何故か鋭く俺を睨んでいた。
どういう風の吹き回しで二人が協力してくれるのか分からない。けれどひとまず、俺は素直に喜ぶことにした。
「みんなありがとう。よかったね、小森くん」
「ありがとうございます!」
軽く頭を下げると、ふと、小泉さんがスケッチブックにペンを走らせているのに気付いた。
『がんばってください、いろいろ』
首を傾げ、頭上に疑問符が浮かぶ。
しかし、その言葉の意味を理解するのに、そう時間はかからなかった。
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