第32話 ほら、やるんだろ?

 翌日、早速軽音楽部の誰かが尻ドラム部の部室へやってくることになった。


 風間先輩や天寺先輩ではなく、音無先輩だといいななんて失礼なことを考えていた所為か、やってきたのは風間先輩だった。


「うぃーす」


 煙草を咥え、気怠そうに扉を開いた風間先輩を見て尻ドラム部員は唖然としていた。


「襲撃か!?」

「違う違う。先輩も煙草は流石にまずいですよ!」


 木刀を構える月野をなだめ、風間先輩に注意する。先輩はボリボリと音を立てて、その煙草を食べた。


「ラムネ菓子だよ、ばーか」


 どっちにしろ校内での食べ歩きは校則違反であり、獅子原先輩なんかが見たら面倒なことになりそうではある。


 いちいちつっこむ気にもなれず、俺はため息混じりにみんなに先輩を紹介した。


「みんな、この人は三年生で軽音楽部の風間茜先輩。俺たちに楽器の演奏を教えてくれる」


 はず、と内心添える。


 着崩した制服とラムネ菓子をかじる姿が、なにかを教えてくれる人には見せてくれない。


「よろしく」

「よ、よろしくお願いします!」


 怖い先輩という印象は相変わらずで、苦手意識は増すばかりだった。だからか、俺は思わず言ってしまった。


「あの、音無先輩は……?」


 その言葉に、風間先輩の目がギラリと俺を捉えた。


「やっぱりお前、鈴目当てか」

「え?」


 先程までの気怠そうな声が一変し、突然鋭く、そして重く響く。


「なんのことでしょうか……」

「今さらとぼけるつもりか? 楽器の演奏なんて虫のいいこと言って、本当は鈴に近付くのが目的なんだろ?」

「ご、誤解ですよ!」


 風間先輩に胸ぐらを掴まれながらも、俺は強く否定した。


 月野の木刀が風間先輩に向けられたが、俺の目配せで月野はそれを下げる。


「いるんだよ、お前みたいに鈴のああいう性格につけ込んでちょっかい出そうとする男が」


 風間先輩は吐き捨てるように言った。


 先輩の怒りの表情は、先日の水瀬のときよりも怖かった。歳上ということもあるけれど、やっぱりそのヤンキー的風貌が俺の恐怖心を煽った。


 ただまぁ、言ってることも理解出来るし、確かにいそうだなぁとも思う。それでも俺が誤解されるのは心外であり、どうにかこの誤解を解かなければならなかった。


「俺は音無先輩に好意があるわけじゃないです。確かに尻ドラム部に勧誘しましたし、良い人だなって思ってますけど……好きとは思ってないです!」


 尻ドラム部のメンバーが見守る中、俺は宣言する。


 信用してくれたのか、風間先輩は制服から手を離した。けれど、俺を見る目は相変わらず鋭かった。


「ふん、これだけの人の前で宣言したんだ。今はひとまず信じてやる。けど、見張ってるからな」


 そのために来たと言わんばかりだった。実際、俺が音無先輩にちょっかいを出さないように監視するために協力してくれたのだろう。


 昨日の軽音楽部でのやり取りを思い返せば、なんとなく理解出来た。


 でもこれから好きになる可能性はあるし、音無先輩が俺のことをどう思っているのかは考慮されていない。


 そう考えると、今回の件は風間先輩のわがままだよなぁ、なんて思う。恋人じゃあるまいし……恋人じゃないよね?


 それにしても風間先輩の第一印象は最悪で、尻ドラム部の面々からは先輩に対する警戒心が剥き出しになっていた。


 風間先輩はそんなことを気にも留めず、空いてる椅子に座って言った。


「ほら、やるんだろ? 尻ドラムの演奏」

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