第30話 お尻だけ壁から出てるやつ
「これは、尻ドラム役が人前でお尻を出すためのプライバシー保護ボックスである!」
スマホに『戻ってくるように』とメッセージを送りようやく戻ってきた月野と、クラスのホームルームが終わってやってきた陽子と丸井。部員が揃ったところで俺は、ブラックボックスの説明を始めた。
しかし、メンバーの反応はいまいち薄かった。
「百聞は一見に如かず。月野、入りたまえ」
「ふむ……」
俺がブラックボックスを持ち上げる。底は開いていて、しゃがんだ月野の上に被せれば簡単に彼女はブラックボックスに収まってしまった。
真上を向いた一つの面に空いた穴から、月野が顔を出す。
「なるほど、ここからお尻を出すのか」
ブラックボックスの中で月野がごそごそと動く。そしてすぐに、にゅっとTバックのお尻が突き出された。試しだから脱ぐ必要はなかったんだけど……心意気や良し。
しかしやっぱり、他のメンバーの反応は微妙だった。
「確かに、顔とか見られないのはいいけど……」
「なんか、きもい……」
「部長、俺は見られても平気っすよ」
陽子、水瀬、丸井がそれぞれの感想を述べる。
「ちょっと待て、俺はこれの材料を自腹切って買ったんだぞ。しかも徹夜で作ったんだぞ!」
みんな「尻ドラム部」と言ってはいるものの、正式には「尻ドラム同好会」である現状、部費が出ないからこういった経費は自分で出さないといけなかった。
「素晴らしいぞ、宙! これに入っていれば誰がお尻を出しても恥ずかしくないぞ!」
月野だけは、お尻を振って賞賛してくれた。まるでお尻が喋っているみたいでシュールな光景である。
「失礼します」
突然、部室の扉が開かれた。
月野以外の全員が声の方を見る。入室者は風紀委員の金脇だった。
「海崎先生はいらっしゃ……」
言い終える前に金脇は硬直した。視線は月野のお尻が突き出されたブラックボックスに釘付けになっていた。
持っていたプリントの束が音を立てて床に広がる。彼女は口をあんぐりと開けていた。
面白いやつだな、なんて思っていると何かを思い出したかのように「あっ」と声を漏らし、顔が徐々に赤くなっていった。
「海崎先生はまだここには来てないよ?」
陽子が声をかけると、ハッと我に返った金脇が慌ててプリントを拾い集めた。
「お邪魔しました!」
先ほどの月野に負けず劣らずの速さで部室を出て行った。海崎先生に用事があって来たのは分かるけど、あの変な様子はなんだったんだろうか。
ブラックボックスを見る。よく見ると、こんな風にお尻だけが出ている光景をどこかで見たことがあるような気がした。実物ではない、映像だか画像だか。
「誰が来たのだ? 恥ずかしくて途中では出れないぞ、これ」
状況を分かっていない月野が言う。確かにお尻を出していた後で顔を出しては意味がない。最初から最後まで姿を隠して初めて匿名性が発揮されるというものだ。
「風紀委員の金脇が来たんだけど、お前のお尻を見て慌てて逃げたよ」
「なんと……」
お尻を引っ込めてひょっこりと顔を出した月野と目が合った。
「宙」
「なんだ?」
「私は客観的に自分の姿を想像したら、どこかで見たことがあるような気がしたのだが」
「奇遇だな、俺もどこかで見たことがある気がしたんだ」
二人で唸った。
どうにか思い出そうとしていると、陽子は何やら裁縫を始め、水瀬は退屈そうにそれを眺め、丸井は自らもう一つのブラックボックスへ入ってお尻を突き出していた。
「あー、これあれっすよ」
丸井が何かに気付いたようで、ブラックボックスから顔を出して言った。
「アダルトビデオでよくある、お尻だけ壁から出てるやつ」
それだ! と納得しスッキリする俺と月野。俺は一番に気付けなかったことを地味に悔やむ。
そして、ふと金脇の反応を思い出した。もしかして最初に気付いたのは彼女ではないだろうか。
いや、まさかそんなことはないか……あんな真面目そうな女子がアダルトビデオのネタなんて分かるわけがない。
「練習の前に、みんなに言いたいことがある」
ブラックボックスのお披露目後、練習を開始する前に言った。
何を言い出すんだ、といった様子で四人の部員は俺に注目した。
「俺は部を結成してから今まで、楽器の本を読んだりネットで動画を見たりして自分なりに勉強してきた。だけど思ったんだ」
「本当にこのままでいいの?」
次の言葉は、意外にも水瀬の口から出た言葉と一致した。
俺が頷くと、水瀬はハッとして顔を背けた。
「パーカッション系の楽器は一通り勉強して、実物は触ってないけどお尻で基本的なリズムの叩き方は実践した」
だけど、と言葉を続ける。
「叩き方が分かっても演奏のやり方がいまいち分からない」
俺は大袈裟に頭を抱え、うなだれた。
俺には根本的な音楽の知識が欠けていた。しかもそれは俺だけでなく、尻ドラム部のみんなに言えることだった。
分かっていたことだが、音楽経験者がここにはいなかった。
「通りでいつまでも叩き方の練習をしていたわけか」
月野の言葉が胸に刺さる。
「それで、どうするの?」
不安そうに陽子が言った。
俯いていた俺は顔を上げ、苦し紛れに声を出す。
「軽音楽部に助けを求める」
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