第16話 金脇宮子の幕間 その二

「最近、校内でマスクを被って生徒に暴行を加える輩が出没していますの」


 放課後、風紀委員の召集がかかった。


 三年生の教室で行われており、教壇には風紀委員長の獅子原心(ししはらしん)先輩とその補佐である大神照(おおかみてる)先輩が立っている。


 ちなみに顔も見たことのない副委員長はバスケ部に行っているらしい。部活と委員会の掛け持ちは禁止されていないけれど、委員長は快く思っていないらしい。


 まぁ、初回の委員会すら参加しなかったのだから仕方ないとも思う。

 そんなことを考えながら、委員長の話を聴く。


「現在確認している被害は五件。被害にあった生徒は大抵、普段から素行の悪い生徒ばかりですの。これが何を意味するか、おわかりいただけまして?」


 獅子原先輩が目の前に座る男子生徒を見た。


「いじめられた復讐……とか?」

「可能性はゼロではありませんわね。ですが、被害者はみんな心当たりはないと言っていますの。女子生徒に襲われる心当たりは」


 教室にいた風紀委員の生徒たちはざわついた。

 大半はその異様な情報に対してだったけれど、一部からは違う反応が上がっていた。


「中学にもいたよね?」

「あぁ、二年生だっけ? 今は三年生か」

「なにそれ?」

「いたんだよ、うちの中学にヒーローごっこやってたやつ」

「一年! 私語は慎め!」


 大神先輩の喝によって、私の周囲にいた一年生は一斉に閉口した。


「待って、照。……あなたたちの中学校で前例が?」

「はい、確か名前は……」

「スターキッド」

「そうそう、スターキッドだ」


 その名を聞いた獅子原先輩は「調べておきますわ」とだけ言って前へ向きなおった。


「女子生徒の制服にマスクを着用したヒーロー気取り……風紀委員の業務である取り締まりを暴力で代行……私はそう睨んでいます。ゆゆしき問題ですわ! 彼女を見付けたらすぐに報告してください。なんらかの情報でも構いません」


 ヒーロー活動に励む女子生徒の話で今日の委員会は終わった。それは、どこか遠い場所の出来事に感じた。委員会でさえ名目的に参加しているだけで、他人事のように思っている。


 帰り支度をしていると、獅子原先輩が私の前にやってきた。


「あなたが金脇さんね?」

「あ、はい……」


 私は獅子原先輩に対し、少し苦手意識を持っていた。


 いつもニコニコと微笑んでいるようで、心から笑ってなんていない。他人に警戒されないようにと、取り繕っている仮面だ。


 お嬢様のような口調と、風紀委員長という肩書きに恥じぬ言動。先生たちからは信頼され、委員会活動の全てを一任されているらしい。先生たちも手に負えないほどの高い意識で取り組んでいるから放任されている……とも言われているのを聞いた。


 校内での風紀委員の活動時に着用する紅いベレー帽と腕章の発案者も獅子原先輩らしい。校則違反の抑止に効果があるとのことだ。


 確かに警察官の制服を着ている人の前で悪いことをする人はそうそういない……そういうことだろうか。


 それで、そんな獅子原先輩が私になんの用だろう。


「あなたを来年の風紀委員長補佐候補として教育させていただきたいの」


 風紀委員長補佐とは大神先輩のように風紀委員長の横にいつもいる人のことだろう。具体的に何をしているのかは知らないけれど……。


 そういえば大神先輩は獅子原先輩のことをお嬢様と呼んでいるけれど、二人はどういう関係なのだろうか。


「えっと……どうして私なのでしょうか?」

「密かな調査の結果、あなたの人望と真面目な姿勢、風紀委員の中でも上に立つ素質があると見込みましたの。来年の風紀委員長は大神よ。あなたにはそれをサポートしてほしいと思ってますの」


 密かな調査がどれほどのものかは分からない。だけど、拒否権など無いかのような物言いに私は首を縦に振るしかなかった。


「分かりました……」

「感謝致しますわ。以後、よしなに」


 彼女もまた、私の上っ面だけを見て判断したのだ。私は真面目なんかじゃない。


 *


 噂のヒーローは着実にその功績を重ねていった。その度に獅子原先輩は頭を抱えていた。


 私は内心、そのヒーローを応援している。苦手な獅子原先輩を悩ませているから、という理由も決して無くはないけれど、純粋にその行いをかっこいいと思っていた。


 そして、ヒーローと同じくらいに噂の小森くんもまた校内を騒がせていた。

 彼との出会いは突然訪れた。


「ねぇねぇ、尻ドラム部に入らない?」


 私がクラスの友達グループと下校していると、彼は突然現れた。

 まさか噂は本当で、尻ドラム部の勧誘をやってるなんて……。


 しかし私は、周りの女子が言うほど嫌悪感を抱かなかった。むしろ彼に興味を持ってしまったと言ってもいい。


 これだけ素直に大胆に生きる彼は、ありのままの自分を隠しながら生きる私とは正反対なのだ。第一印象は最低だけど、そんな彼を羨ましく思った。


「ねぇ、尻ドラムって……」


 友達が目の前にいるというのに、私は彼に詳しい話を訊こうとした。けれど……。


「キモいから!」

「あっち行って!」

「変態! 死ね!」


 友達は辛辣な言葉で彼を追い払った。

 彼も慣れているのか、さして傷付いた様子もなく、唇を尖らせて立ち去った。


「あっ……」


 私の視界は灰色に染まり、彼のシルエットだけが色味を帯びているような気がした。周囲の友達どころか、自分自身でさえ、灰色に思えた。


 *


 小森くんが私に声をかけてから少し経ったある日、獅子原先輩の機嫌が悪かった。


「大神先輩、獅子原先輩はどうしたんですか?」


 私は大神先輩に獅子原先輩の事情を訊いた。


「お嬢様は教員と生徒会に御立腹のようだ」

「どうしてですか?」

「……尻ドラム同好会が正式に発足された」

「えっ……」


 まさか、本当に彼が作ったの? メンバーを集めたの?

 信じられないという気持ちが喉を詰まらせる。


 獅子原先輩は険しい顔で親指の爪を噛んでいた。そして、思い立ったようにふっと顔をあげて言った。


「監査に行きますわよ」


 先生や生徒会が認めた尻ドラム同好会に納得がいかない獅子原先輩は、粗探しをして廃部に追いやろうという結論に至ったらしい。


 正直なところ、私もそんな変な部活すぐに無くなるだろうと思っていた。


 だからまぁ、獅子原先輩がそのキッカケになり、廃部が早まるだけのこと……そう思いながら監査に同行した。

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