第4話 あんた、童貞?
校則によると、新しい部活を創部するには五人の入部希望者と顧問となる教師を一人集める必要があるらしい。
その上で申請が通れば同好会という名目で活動が認められる。そして一定の期間活動を続け、その活動の意義を認められれば晴れて部として扱われる。
部として扱われるというのは、簡単に言えば部費が出るということだ。
俺は四人の入部希望者と顧問となる教師を集めなければならなかったが、四人くらいすぐに集まると思っていた。
案外、集まらなかった。
陽子に断られたあと、俺はクラスの女子に的を絞った。一部を除いて大半に声をかけた結果、クラスの女子は俺を避けるようになり、そしてゴミを見るような目で俺を見るようになった。
ちなみに除いた一部の女子というのは、容姿が俺の好みからかけ離れている人だったり、声をかけるとトラブルになりそうな彼氏持ちだったり、俺とは住む世界の違いそうないわゆるギャルだったりだ。
それと、うちのクラスにはハーフでブロンドヘアの美少女がいた。どこの国とのハーフかまでは知らないが、特別なオーラを放つ彼女……月野(つきの)アリスに声をかける勇気が俺にはなかった。
また、俺が尻ドラム部を発足しようとしているという噂を聞きつけた男子の入部希望者が数名いたが、全員お断りした。
女子のお尻を触りたいだけという下心が見え見えだったからだ。
それに彼らを迎え入れたところで、尻ドラム役となる女子を待つ男子部員だけの尻ドラム部に未来はあるのか? 答えは明白だった。
仮に、チヤホヤされたいだけの女子が一人入部したとすれば、いわゆるオタサーの姫的なその女子を中心に部は崩壊するだろう。そこまで想像して、ことは慎重に運ばねばと改めて今後のことを考えさせられた。
しかし、入部希望者だった彼らが結託して俺より先に尻ドラム部を発足したら……そう考えるとのんびりもしていられなかった。
俺はクラスの女子以外にも声をかけることにした。
結果、「尻ドラム小森」というあだ名は三日で同学年に広まり、一週間で全校に広まった。
*
「尻ドラム小森」が不本意にも定着してしばらくが経った。
ギャルやその周囲にいるチャラついた男子たちがからかうように意味もなく俺をそう呼んだ。
その度に俺は唾を吐きつけ、中指を突き立てている。
嘘である。愛想笑いでその場を凌いでいた。
彼らが俺を変わり者で面白いやつと認識しているうちは、お互い平和に過ごせるだろう。
ただまぁ、そんな奴らか俺を変人と認識して避ける奴らかの二極化したクラスで、俺はちょっとばかり孤立していた。
あだ名と言えば、うちのクラスにもう一人変わったあだ名で呼ばれている人がいた。
水瀬麗(みなせれい)。
黒髪ショートヘアに褐色の肌、その美貌からクレオパトラとあだ名を付けられ、一部の男子から異様な人気を誇っている。そう呼ぶのもごく一部で、逆に呼びにくいと定着しなかったわけだが。
一見するとただの日焼けしたスポーツ少女にも見えるが、長く整えられた爪にマニキュアが施されていたり、つけまつ毛を盛っていたりとギャル的な要素が節々に揃っていた。
いわゆる、黒ギャルという属性に分類されるのだろう。
ギャル耐性の超低い俺が、そんなクレオパトラもとい水瀬麗のことをどうして気にするのかといえば、それはくじ引きによる席替えで彼女が俺の後ろの席になったからである。
窓際後方、主人公ポジションにありつけたと思ったらこれだよ。
ギャル特有のオーラがひしひしと俺の背中に「童貞乙」という文字を刻み付けようとしている。もちろん気のせい。
「ねぇ」
席替え後、二限目前の休憩時間。突然背後から声をかけられる。たぶん気のせい。
ガタン! と俺の椅子が揺れた。椅子の脚を後ろから蹴られたのだ。
「無視すんな」
「なんでしょう……」
諦めて振り返る。どうしてギャルはこう乱暴なのだろうか。
「そら……じゃなかった、小森?」
「え? あ、はい」
水瀬はこちらをじっと見つめて、俺の名前を確認する。下の名前を言いかけていたけれど、何が「じゃなかった」のだろうか。
間近で水瀬を見るのは初めてで、かなりの美人だと改めて思う。
そして、どこかで見たことのあるような顔だった。ギャルはみんな同じ顔に見えるという偏見からくるものだろうか……深く考えるのはやめよう。
俺の返事を聞いて水瀬は黙っていた。じっと見つめているだけかと思えば、徐々に睨むような目つきに変わった。
何か気に障るようなことをしただろうか。そもそも女子に見つめられることに慣れていない俺は、見つめ返していいものかも分からずに視線を泳がせることしか出来なかった。
「えっと……なにか……?」
「水瀬麗」
「え?」
「あたしの名前」
水瀬は突然自己紹介を始めた。彼女は席替えのたびに周囲の人間に挨拶をするのだろうか。それとも入学して間もないからか?
どちらにしろクラスメイトに睨まれたまま自己紹介されても、どう返せばいいのか分からずすぐに言葉が出なかった。
「よろしく……?」
「はぁ……」
大袈裟に溜息を吐きながら、彼女はうなだれた。
何らかの期待に応えられなかったようだ。何を期待していたのか知らないけれど、勝手に期待しておいて勝手にガッカリされても困る。
もしも面白い返事を求めていたのなら、そもそも面白い振りが出来ていない水瀬に問題があるのではないだろうか。
「もういい」
彼女は膨れっ面を窓に向けて頬杖をついた。
水瀬のあざとい仕草を可愛いと思わないと言えば嘘になる。
あざとさが許されるだけの容姿を持つ水瀬が、なぜ「尻ドラム小森」と呼ばれ女子に疎まれる俺に声をかけたのか、なぜ結果的に不満そうなのか。いくつかの疑問は喉元まで出かかっていた。
「で、尻ドラム部って何?」
「へ?」
水瀬の質問により、彼女に対する疑問はどうでもよくなった。
彼女は尻ドラム部に興味を持っている。それは入部したいというほどの興味ではないかもしれない。それでもこうして俺をからかうことなく話しかけてくるということは、それなりの興味なのではないだろうか。
「お尻を楽器みたいに叩くっていうか……」
「なにそれキモッ」
一瞬でこちらの期待を打ち壊された。
「えぇと……」
相手にするのも面倒になってきて、どう切り上げようか考え始めたときだ。
「あんた、童貞?」
「ふっへ」
突拍子もないことを言い出す水瀬。俺は変な声が漏れてしまった。
「な、なんで?」
「挙動不審」
それはお前が苦手なギャルで、それでいて俺に構う意図が読めないからだ。でも童貞であることも事実ですごめんなさい。
俺が返答に困っていると、水瀬に鼻で笑われた。
「お、お前はどうなんだよ……」
「は?」
「その……し、処女かどうか」
「セクハラ死ね」
こいつ……自分のことは棚に上げて……。
このままでは上下関係が確立してしまう。それを恐れた俺は負けじと言い返す。
「ま、まぁ? どうせやりまくりなんだろ? おっさん相手とか、いくら貰ってんだか」
「……やらせてあげよっか」
「ふへっ」
声のトーンを下げて言う水瀬の一言に、意表を突かれた俺はまたも変な声が漏れていた。
「……まじ?」
「きもっ」
ですよね。
期待なんてしてなかったけど、冗談か分からない声と表情が俺の恐怖心と欲望の比率を狂わせた。
ほんの一瞬だけ、水瀬とのベッドシーンを妄想してしまっただけで別に期待なんてしてない。本当にしてないってば。
授業開始を知らせるチャイムが鳴った。俺はため息を吐きながら前を向く。
席が近いんじゃ、しばらくはこんな感じに絡まれるんだろうな。そう考えると意外と悪い気もしなかった。
決してMのケに目覚めたわけでも、ギャルの趣味に目覚めたわけでもない。
クラスで孤立していた俺が、形はどうあれクラスメイトと関わりを持ったということが嬉しかったのだ。相手はこれまで苦手としていたギャルだというのに、我ながらゲンキンな人間である。
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