第18話 心を揺さぶるような部活に
「失礼致しますわ」
そう言って教室に入ってきたのは、紅いベレー帽と腕章を身に付けた女子生徒だった。腕章には「風紀委員」と記されている。
「風紀委員長の獅子原心と申します。後ろの二人は風紀委員長補佐の大神照と金脇宮子ですわ。以後、よしなに」
紹介された二人は軽く会釈をした。
突然の出来事でこちら側は呆然としているというのに、風紀委員を名乗る三人は落ち着いた様子で室内を見回している。
獅子原心と名乗った女子生徒は三年生だ。
ブラウンのロングヘアは腰まで伸びていて、常に目を細めて笑っているように見えるが、その威圧感は風紀委員長の肩書きによるものだけではない気がする。
噂ではどこかのお嬢様らしい。
大神照先輩は二年生。
ショートヘアで長身、ボーイッシュというよりクールな雰囲気で、補佐というよりも獅子原先輩の付き人っぽい。
鋭い目付きは獅子原先輩とはまた違った威圧感がある。
これで小動物が好きとかだったらギャップ萌えなんだけど、単なる妄想なので実際のところは知らない。
金脇宮子さんは一年生だが、俺とも陽子とも違うクラスだ。
ポニーテールの似合うスポーツ系少女で、クールだけど優しいクラスの人気者……ってだれかが言ってた。
実際、整った容姿のレベルは高く、学年でも男子からは人気だった。
「あー、えっと、何の用でしょうか」
「我々は新たに創部された『尻ドラム同好会』の監査に伺いましたの」
監査だと?
「これはあなた方に限ったことではありませんが、部活動という名目で遊び耽ったり、風紀を乱す行いをする生徒は少なからずいます。なので我々は定期的に監査を行っていますの。ご理解いただけまして?」
「出来たばかりで、しかも物珍しくて怪しいってことですか?」
「そうですわね」
獅子原先輩は笑顔のまま頷いた。
「私個人としては、あなた方を認めていませんわ。校内で臀部を露出してはいけない、なんて校則はありませんけれど、だからって人前で臀部を露出するのは風紀の乱れでしょう?」
獅子原先輩の言いたいことは分かる。だから俺は、すぐに何か言い返すことが出来なかった。
「私たちは認められたからこそ、こうして堂々と活動しているのだ。風紀委員長個人が認めないからといって何になる?」
代わりに反論を述べたのは月野だった。
立ち上がる際、Tバックのお尻がスカートの中に隠れてしまったことを俺はこんな状況でも残念に思った。
「言葉に気を付けろ、一年」
大神先輩が月野に言った。
月野と大神先輩の睨み合いが始まり、ぶつかる視線が火花を散らす。
ふと、金脇を見ると、居心地が悪そうに視線を泳がせていた。
あの三人の中で唯一部活の勧誘で声をかけたのは金脇だけだった。
流石の俺でも風紀委員と分かってる相手に声をかける度胸はなかったが、金脇が風紀委員だとは知らなかったのだ。
まぁ、クールな雰囲気は大神先輩に似ていて役職的にはお似合いなのかもしれない。
いや、彼女のことはそんなに知らないけれど。
「とにかく、風紀を乱す行為はしないように。忠告です」
「一ついいですか」
手短に済ませたいのか話を締めようとする獅子原先輩に、俺は口を挟む。
「なんでしょう」
「風紀委員長はどうすれば、うちの部を認めてくれますか?」
喧嘩を売りたいわけでも、嫌味を言いたいわけでもない、素朴な疑問。
獅子原先輩は顎に人差し指を添えて考える素振りを見せた。
「そうですわね……まともな部活であってくれれば」
「まともな部活とは?」
「その活動を見た人の心を揺さぶるような部活です」
さらりと、獅子原先輩はそんなことを言った。
「運動部なら試合、文化部なら発表会など、目標と結果のために汗水流して活動に励む。それを見た人が感動する。難しい話ではありませんわ」
お前たちにそんな機会はないだろう? と言わんばかりに投げかけられたその言葉に、俺は奥歯を噛み締めた。
「それでは」
立ち去ろうとする獅子原先輩。大神先輩と金脇もそれに続く。
「……待ってください」
俺は獅子原先輩を呼び止める。
振り返らずに次の言葉を待つ彼女の背中に向かって、俺は言葉を続けた。
「俺は……尻ドラム部は、風紀委員長である獅子原先輩にも認められるような部活になります。心を揺さぶるような部活に」
「……それは楽しみにしていますわ」
獅子原先輩はそう言って最後に振り返り、笑った。
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