第19話 ゲリラライブを行う
「大層なことを言ってくれたな」
月野はどことなく楽しそうに言った。
「あそこまで言われて黙ってられないだろ」
「で、何か考えがあるの?」
不安そうに訊く陽子に頷き、俺は椅子に座るメンバーを見回した。
「ゲリラライブを行う」
賞賛も反対の声もない、あるのは沈黙のみ。
「活動の成果を発表する機会がないなら作ればいいじゃないか、てことだ」
「ふむ、確かに」
「いやいや、それこそ風紀委員の怒るヤツでしょ」
「でも楽しそう」
「楽しそうっす! やりましょう部長!」
思いつきで言ったものの、俺は是非やりたいと思っていた。
しかし水瀬の意見ももっともである。
これは一種の賭けだった。
成功すれば堂々と存続、失敗すれば廃部の危機……。
今のままではきっと成功しないだろう。
どうすればいい? 俺は考えた。
*
翌朝、登校してきたばかりの俺が教室へ入ろうとしたとき、廊下で丸井に呼び止められた。
「うっす、部長!」
「おはよう」
「ちょっといいっすか」
丸井は俺に顔を近づけ、声を潜めて言った。
「なんだよ、気色悪いな……」
俺の悪態を気にも留めず、丸井は持っていた紙袋を俺へ差し出した。
「俺の入部を許可してくれたお礼も込めて、プレゼントっすよ。あ、これで部活の練習も出来るんじゃないかとも思って」
どうも信用出来ないが、悪意は見受けられない。
俺はその少し大きな紙袋を受け取って、中を覗いた。
「はっ!」
慌てて袋を閉じ、周りを見る。
変な声が出たせいで廊下を歩く生徒に奇異の目で見られていた。
俺はその生徒たちが離れるのを待って、もう一度、今度はゆっくりと少しだけ袋を開いて中を覗いた。
据え置き型のオナホールの箱だった。中身はお尻の形を模しているタイプだ。
「流石に学校に持って来ちゃまずいだろ……」
「少しでも早く渡したかったんすよ」
「高いだろこれ……受け取れねーよ」
この大きさだと、大抵一万円以上した気がする。
「たまたま手に入ったけど、俺の趣味じゃないんすよ。いらないなら他の人に譲りますけど」
たまたま据え置き型のオナホールが手に入るってどんな状況だよ。そもそもそんな状況になるってどんな生活送ってんだよ。
だけど、俺は内心小躍りしていた。
こんな高価で素敵なものが手に入るなんて……。
「仕方ないな……貰ってやるよ。ありがとな」
今度昼飯でも奢ってやるよ、と言って俺は丸井と別れ、教室へと入った。
時間ギリギリだったらしく、すぐに予鈴が鳴って海崎先生が入ってきた。
俺はロッカーに入れた紙袋の中の物を思い出してニヤニヤしながら、クラス委員の号令で先生への挨拶を済ませる。
「おはようございます。早速ですが、持ち物検査をします」
……悪夢かな。
「他のクラスに煙草を持ってきていた生徒がいたので、急遽全クラスで持ち物検査が行われることになりました」
そう言って海崎先生の始めた持ち物検査は、天変地異が起こることもなく、学校がテロリストに占拠されることもなく、無事に俺の順番がやってきた。
俺の順番までのクラスメイトに目立った違反物を持ってきていないのは、ばれないように上手く隠しているのか、それともみんな良い子ちゃんなのか。
どっちにしろクラスメイトは暇を持て余し、誰かが何か違反物を持ってきていることがばれて怒られることに期待している様子だ。
「小森くん、この紙袋はなんですか?」
海崎先生の指摘、クラスメイトが俺に注目する。俺は誰かに助けを求めたかった。
月野を見ると、真顔で頷かれた。何を肯定された?
水瀬を見る。彼女は興味無さげに髪を弄っていた。
こんな大きな紙袋を咄嗟に隠せるわけもなく、クラスメイトの前で先生を脅迫出来るわけもなく……万事休すってやつだ。
俺は諦めて紙袋を先生に渡した。
中身を先生にだけ知らせて、そのまま没収されることが恥を最小限に抑える唯一の方法だと考えた。
しかしだ、先生が疎いのは計算外だった。
いや、あえてそういう風に装って俺を辱めようとしていたのかもしれない。
渡した紙袋をその場で開き、中身を俺の机の上に置いたのだ! やめて!
「なんですか……これ……」
教室が騒めく。一部からは笑い声が上がる。
俺は顔を手で覆うことしか出来なかった。
この公開羞恥プレイを悦べるのは元凶である丸井だけだろう。俺はヤツを恨んだ。
机の上にある箱には、お尻をこちらに突き出した淫らな姿の美少女のイラストが大きく描かれ、内容物の解説写真や説明文などが所狭しと並んでいる。
よく見るとローションと縞パン付きと書いてあった。青と白の王道である。
なんですかこれと言われても、据え置き型のオナホールですとしか言えないわけで……。
ところで先生はオナホって知ってます? なんてこの状況で訊ける?
「部活の備品……ですかね」
苦し紛れの言いわけにクラスメイトの爆笑が巻き起こる。
丸井が練習にも使えると言っていたような気がするけれど、だからと言ってこれを持って堂々としろと言われても俺には無理だった。
海崎先生も早く没収してくれればいいのに、どうしてそうまじまじと箱を観察するのだろうか。
物珍しいのは分かるけど、没収後に職員室でやってほしい。
もう一度月野を見ると、口元を手で隠し声を抑えて笑っている。
水瀬を見ると、スマホで俺を撮っていた。
こいつら……。
「部活の備品……ならオッケーです」
親指と人さし指で輪っかを作り、海崎先生が言う。
オッケーのサインなんだろうけど、別のものを連想してしまう。
「いや、持っていってくださいよ……」
海崎先生の俺に対する復讐は、故意かどうか分からなかった。
しかし、その復讐は俺を社会的に殺すのには十分すぎるものだった。
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