第20話 今度、私にも触らせてほしい
社会的な死なんてものは、「尻ドラム小森」と呼ばれた日にすでに迎えていたのかもしれない。
オナホールを晒されたあとも、周りの俺への態度は大して変わらなかった。
女子にはもともと避けられていたし、男子からは変わり者として扱われている。
不幸中の幸いとでも言うのだろうか。
とりあえず、オナホールは海崎先生に預かってもらうという嘘をクラスメイトに吐き、いそいそと部室へ隠しに行った。
それから昼休み、俺は一人で食堂へ向かった。今日はもう大人しく一人で過ごしたかった。
混雑気味の列に並んでラーメンを注文し、空いたばかりの席に座る。いただきます、と合掌したそのときだった。
「宙! ここにいたのか!」
月野が慌てた様子でやってきた。
「どうした?」
「大変なんだ! これを見てくれ!」
月野はテーブルに一枚の紙を叩きつけた。
そっとしておいてほしいのに、空気の読めないやつめ……と内心思いながらも、俺はその紙に視線を向けた。
それは新聞部の発行している校内新聞だった。
大きな文字で「号外」と書かれているが、普段はどんな形式で刊行しているのか俺は知らない。
内容はというと……。
「ジャスティスムーン指名手配?」
今日、風紀委員が発令したらしい。
「なになに? 目撃情報によると女生徒用の制服を着用し、さらに声からジャスティスムーンと名乗る謎の人物は女子生徒と推測されている。彼女は素行の悪い生徒と戦う自称クライムファイターである。しかし、木刀での攻撃などによりすでに十名以上を保健室送りにしており、風紀委員は彼女を危険人物と判断。本日、生徒会役員との協議の結果指名手配を発令した。目撃情報や彼女に関する何らかの情報をお持ちの方は、新聞部または風紀委員会、生徒会にご連絡ください」
目に付いた一文を読み上げ、月野を見た。
彼女はわなわなと震えていた。
「よっ、クライムファイター」
「わたっ、ジャスティスムーンはクライムファイターなんて自称したことはない! 捏造だ!」
確かに、ヒーローを自称していたような気がする。
クライムファイターとの違いが俺には分からないけれど、月野にとっては重要な違いなんだろう。
「そういえば、名前決まったんだな」
「そのようだな」
他人事のように言っているが、彼女は満足気な顔をしていた。
「自分で決めたのか?」
「師匠が決めてくれた……らしい」
この変人の師匠……さらなる変人なんだろうな。
俺はラーメンを啜る。
月野が風紀委員に指名手配されているという事態がどうでもいいわけじゃないけれど、俺は月野のヒーロー活動に干渉するつもりがそもそも無いのだ。
「まぁ、素行の悪い生徒を指導するのは先生や風紀委員の仕事だろう。しかも怪我人を出してるなら、なおさら擁護出来ないな」
「な……宙はどっちの味方だ!?」
「どっちの味方でもないけどな、お前の心配はしてるよ」
月野は一瞬驚いたような顔をして、すぐに恥ずかしそうに頬を染めて立ち去った。
ちょっと恥ずかしいこと言ったかな……なんて思いながらラーメンを啜っていると、月野が戻ってきた。
トレーにラーメンを乗せて、対面の席に座り、黙って食べ始めた。
怒っているわけでもなさそうなので、俺はそれ以上さっきまでの話を続けることはなかった。
「今朝のオナホール……」
「待て、それ以上言うな」
少し食べて月野が話し始めたけれど、ロクな内容じゃないことを分かっている俺はそれを止める。しかし、月野は無視して言葉を続けた。
「今度、私にも触らせてほしい」
月野は真顔で言った。真顔で言えるのも彼女くらいのものだろう。
断る理由が無いのも、なんだかなぁ。
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