第23話 尻ドラムで見返してやる……!
「そこまでですわ」
静まり返ったその場にそんな声が響いた。
風紀委員長の獅子原心が出入り口に立っていた。後ろには緊張した面持ちの金脇宮子もいる。
どうしてここに? その答えは、歩いてくる二人の後に出入り口から顔を出した水瀬を見て理解した。彼女が助けを呼んできてくれたみたいだ。
「校内での誘拐、乱闘、暴行。風紀委員が取り締まらせていただきますわ」
俺を襲っていた二人が俺から離れた。ジャスティスムーンと牛尾先輩も大神先輩から離れる。
それを快く思わなかったのか、陽子の横にいた鈴木が舌打ちした。
「牛尾先輩、やっちゃってくださいよ!」
「牛尾……? あなた、牛尾猛ですの?」
「ぐぬっ……」
「剣道部主将がこんな事件を起こすなんて……呆れましたわ。それに……」
獅子原先輩はジャスティスムーンを見た。
「指名手配犯までいるなんて……あなたもご同行していただきますわ」
「断る」
「拒否権は無くってよ。照」
名前を呼ばれた大神が二本の竹刀を構えてジャスティスムーンと向かい合う。
「ちょっと待ってくれ! 陽子がまだ助かってないんだ!」
誰に対してでもなく、俺は現状を叫ぶ。このまま風紀委員の目標がジャスティスムーンに切り替わってしまっては困る。
ジャスティスムーンと大神先輩が陽子の方を見た。鈴木が後ずさる。
「くそ! 風紀委員め……!」
鈴木が牛尾先輩に目配せするも、牛尾先輩は首を横に振った。
じりじりと詰め寄るジャスティスムーンと大神先輩に怖気付いた鈴木は両手をあげて跪いた。
乳ドラム部の野望はここで潰えたのだ。
事件が解決したところで、達成感も満足感もありゃしない。残っていたのは疲労感と身体の痛みだけだ。
まぁ、陽子が無事ならそれでいいのだけど。
陽子の拘束は金脇が解いてくれた。俺は水瀬の肩を借りて立ち上がる。
「宙くん……!」
「陽子!」
駆けつけてきた陽子がなんの迷いもなく俺の胸に泣きついてきて、一瞬ドキリとする。
「すまん、陽子」
「ううん……」
俺は何に対して謝罪したのだろう。自力で守れなかったこと? 未然に防ぐことができなかったこと? いいや、全部だ。やりきれない気持ち全てが、陽子への謝罪に込められていた。
「やはり問題を起こしましたわね、小森宙」
獅子原先輩が言う。俺はつい、彼女を睨んでしまった。
「今回は完全に被害者です。俺と陽子、丸井は一方的にやられ、こいつは……ジャスティスムーンは通りすがりに俺たちを助けようとしてくれただけです」
ジャスティスムーンはあくまで尻ドラム部とは無関係であることを含めて言う。尻ドラム部の部員なのだけれど、それがバレてしまうのは今は色々と面倒だ。
「木刀での攻撃はやりすぎですわ」
獅子原先輩はジャスティスムーンに言った。本当は他にも言いたいことはあるだろうけれど、たぶん、彼女に一番言いたいことがそれなんだろう。
「加減も弁えているし、相手は剣道着姿だ。痣の一つも残ってないだろう」
ジャスティスムーンは釈明の言葉を吐く。それは投げやりで、風紀委員への敵意が感じ取れた。
指名手配犯という汚名を着せた風紀委員が許せないようだった。
「はぁ……仕方ありません、今回はお見逃ししますわ」
「お嬢様、しかし……!」
意外にも獅子原先輩はすんなりと身を引いた。それに納得いかない様子の大神先輩が困惑の表情を見せる。
「彼女がいなかったら、もっと大事になっていたかもしれませんわ。我々の巡回が行き届いていなかったのも事実」
「しかし……」
「これからあの男子グループの後処理で忙しくなりますわ。彼女とはこれが初顔合わせですし、今回は挨拶だけとさせていただきましょう」
「ありがとうございます、獅子原先輩」
俺はお礼を言った。けれど彼女は、俺を一瞥するだけだった。
大神先輩がジャスティスムーンをキッと睨んだ。上官の命令とはいえ、指名手配犯を見逃すことがどうしても許せないみたいだ。
「次は必ず」
「ファックオフ」
大神先輩の一言に、煽るように返すジャスティスムーン。竹刀を振り上げる大神先輩を見て、ジャスティスムーンは一目散に逃げ出した。
大神先輩は追わなかった。
ヒーロー状態の月野はどうしてこう、口が悪いのか。
きっとマスクを被って匿名だから強気なのだろうけれど。よく考えれば普段からな気もする。まぁ、何度も助けられているからとやかく言えないのだけど。
「それにしても、小森宙」
獅子原先輩がそう前置きした。
「今回の件、私はやはりあなたが原因だと考えてますわ」
「どうして……ですか?」
俺は獅子原先輩の発言に眉を寄せた。
「あなたの発足した奇妙な部活は、人を狂わせる」
「……意味が分かりません」
「あなたが仮に、オセロ部を作って今の部員である女子を独占したところで、彼らはあのような行動を取ったでしょうか。私が前に言った、見る者の心を揺さぶる部活動とはこのような事態を意味したわけではありません」
俺は答えに困った。確かに先輩が言うように、俺が尻ドラム部を作らなければ、彼らは乳ドラム部なんて変な部活を作るために人を誘拐するとは思えない。だからといって、尻ドラム部が悪いのか? 俺が……悪いのか?
「これからも、同じようなことが起こるかもしれませんわ。もっと悪いことも……そうならないように、もう一度考えてくださりませんこと?」
俺の返事を聞くこともなく、獅子原先輩は屋上をあとにした。その背を見送る間、俺は先輩の発言を頭の中で繰り返していた。
ただの嫌味ではないその忠告は、じわじわと俺の顔の傷にしみた。
陽子と水瀬もその表情をさらに曇らせる。そんな二人を連れて、俺も部室に戻ることにした。
部室には丸井と月野がいた。頬を腫らした丸井が俺と陽子を見て、涙を流した。
「部長ぉおおおお……すんませんっ、すんません……」
彼は謝りながらその場にうずくまってしまった。
「俺、紫藤さんを守ろうとしたんすけど、返り討ちにあって……」
俺は片膝をついて、丸井の肩に手を置いて言葉を遮った。
「ありがとな、丸井」
「ぶちょおおおお……」
泣き止まない丸井を見ながら、俺は唇を噛み締める。そして立ち上がりながら、言うまいとしていた言葉が零れた。
「この部活って……尻ドラム部って悪いのかな。やめた方が……いいのかな」
「宙がそんなこと言ってどうする!? 悔しくないのか!?」
俯く俺の胸ぐらを掴んだ月野が怒鳴り声を上げた。見ると、彼女の瞳は澄んでいて、俺の顔が情けなく映っているような気がした。
「……悔しいさ。殴られて、一方的に責められて」
なにより、仲間である部員が傷付くのを見るのはつらかった。
「だったら見返してやればいい」
「でもどうやって……」
「やるのだろう? ライブを」
俺のかすれるような声に、月野は力強く返した。
「そうっすよ……見返してやりましょうよ……!」
泣いていた丸井が便乗するように言う。彼も余程悔しかったのだろう、月野に負けじと強く主張した。
「尻ドラム部がまともな部活だと証明してみせろ! 風紀委員に!」
「乳ドラム部なんて真似事、出来ないくらいに!」
月野と丸井が叫んだ。俺は目頭が熱くなるのを感じながら、二人に頷こうとした。だけど、迷いがあった。今回の一番の被害者である陽子を見た。
彼女はゆっくりと、だけど力強く頷いた。
涙がじんわりと俺の視界を滲ませた。俺はそれを手の甲で拭う。そして、口角を上げた。
「あぁ……やるぞ、尻ドラムで見返してやる……!」
「いや、それキモぐむぅ……!」
水瀬がなにか言おうとしたけれど、月野が彼女の頬にオナホを押し付けてそれを遮った。
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