第28話 委員の仕事だから……

 ある日の昼休み、俺は昼食を求めて食堂へ向かった。


 いつも一人で食べているわけではないけれど、毎日特定の誰かと食べているわけでもなく、今日は一人の日だった。


 日替わりの定食を注文して空いてる席を探していると、珍しく一人でいる丸井を見つけた。


 こいつはいつも友達グループと一緒にいるイメージというか、部活以外ではそういうグループと常に動いていた。隣のクラスだからよく見かけるし、廊下ですれ違うときはグループでいても俺に挨拶してくるものだから、ちょっと気まずかった。


「一人って珍しいな」


 なんとなく声をかけ、俺は丸井の対面の席に座った。


「お疲れっす、部長」

「いつものグループは?」

「教室で弁当食べてるっす。俺今日持ってくるの忘れちゃって」

「購買もあるじゃん」

「たまにはこういうのもいいかなって。実際、こうして部長と飯食えることになりましたし」


 反応に困る。


「ところで、なんでいつも敬語なんだ?」

「癖っすね。普段、年上と行動することが多いんで自然とこんな喋り方になっちゃいました」

「前に言ってた、お姉さんの友達とか?」

「そうっす」

「大変なんだな」

「何がっすか?」


 何が大変なんだろう、と言われて気付く。年上とばかり関わること? 敬語が癖になること?


「色々だ」

「色々っすか」


 丸井は笑みを浮かべながら水を飲んだ。


「部長も大変っすね」

「何が?」


 色々、と返ってくるのを分かっていながら俺は笑いを堪えて訊いた。


「色々っすよ」


 俺と丸井は食事中の周囲に配慮して静かに笑い合った。


 こんな何気ない会話で笑い合えるような同性の友達が、高校に入ってまだいなかったことに気付かされた。だけど、そんなことはもうどうでもいい。今は丸井がいるじゃないか。


「そういえば、前に言ってたお姉さんの友達ってどんな人?」

「そうっすねぇ……普段はメチャメチャ優しくて気が利いて、年下の俺の顔も立ててくれたり……」

「美人?」

「そりゃあもう……美人と可愛いを兼ね備えてる感じっす」


 でも、と丸井は声のトーンを下げて言葉を続けた。


「スイッチ入ったら別人っす。たぶん部長が想像してるような典型的な女王様っす。そのギャップがまた堪らないんすよ……」


 恍惚の表情を浮かべる丸井。会話を聞いてなければ、彼の食べているラーメンがそんなにも美味しいのかと勘違いしてしまいそうだ。


「野暮な質問かもしれないけど、結局どういう関係なんだ?」

「主従関係っすよ……お金払ってますけど」

「おぉ……」


 法的にどうなんだろうか。どういった形でお金が絡んでいるのか分からないのでなんとも言えないし、具体的に聞いたところで俺は法律に詳しいわけでもないからやっぱり分からないだろう。


「でも相手はSM嬢じゃないすか。他の客も相手にするわけで……俺は俺だけを見てほしかったんです」

「うんうん」


 独占欲とかそういった感情だろうか。


「だから……僕だけの女王様になってください、僕だけを下僕にしてくださいって言ったんです」


 その発言があまりにも非日常的で、俺はいまいちピンとこなかった。


「告白みたいなものか……?」


 丸井は真剣な面持ちでゆっくりと頷いた。


「だけど断られて……それで部長のとこに来たんすよ」


 確かにそんな話は聞いていた。具体的な経緯までは聞いていなかったけれど、聞いたところでやっぱり俺はどう反応すべきか分からなかった。


「が、頑張れ……な?」

「うっす!」


 丸井との距離は縮んだようで、そうでもないかもしれない。


 なんだかなぁ、なんて考えながら丸井から視線を逸らすと、トレーを持って移動中の金脇を見付けた。少し困ったような顔でキョロキョロと周囲を見回していた。


 空いている席を探しているのだろうか。丁度、俺と丸井の横が空いている。


「おーい、金脇ー」


 呼びかけに気付いた金脇がこちらを見る。俺は隣の空いた席を指差した。

 微妙そうな顔をされた。


 まぁ、顔は知ってるけど親しくもない男子の横ってのは実際微妙なポジションなのかもしれない。


 金脇は仕方なさそうに連れに耳打ちして俺の横へやってきた。連れ……?


 金脇に連れられ、彼女の対面に座ったのは、制服を着た女子小学生……は言い過ぎだろうけど、どう見ても高校生には見えない女子生徒だった。


 背丈、黒髪のショートボブ……というよりおかっぱ、大きな瞳、様々な要素が彼女を幼い少女に仕立てている。


 俺と目が合うと、俯いてしまった彼女の名は小泉日和。彼女は小脇にスケッチブックを抱えていた。美術部員なのだろうか。


 ぺこりと会釈する小泉さんに、俺と丸井は会釈を返す。


 以前、尻ドラム部へ勧誘したことがあるので顔と名前は知っている。ただ、やっぱりどう見ても高校生には見えなかった。


「えっと……尻ドラム部の小森くんと丸井くん」


 金脇は小泉さんに俺たちを紹介した。それを聞いて小泉さんはこくりと頷く。


「で……私と同じクラスで軽音楽部の小泉さん」


 そして、俺と丸井に小泉さんを紹介する。律儀な人だ。そして美術部員ではなかった。


「よろしく」

「よろしくっす!」


 小泉さんはやっぱり会釈をするだけだった。そういえば、部活の勧誘をしたときも、首を横に振るだけだったような気がする。


「そうだ、金脇。この前はどうも」


 屋上での一件、彼女も助けてくれた。忘れていたわけではないけれど、お礼を言う機会がなかった。


「委員の仕事だから……」

「いや、助かったよ。ありがとう」


 金脇は照れくさそうにして、それ以上なにも言わなかった。だから俺も、これ以上は言わない。


 するとどうだ、気まずい沈黙が生まれたではないか。ならばと俺は口を開く。


「あー、金脇」

「はい?」

「金脇は部活入ってないのか?」

「ないですね」


 どうでもいいけど、お前も敬語かよ。


 そういえば、金脇を尻ドラム部に勧誘したときはどう断られたっけな。よく覚えていなかった。


 一度断られているはずだから、蒸し返すのも気が引ける。


「どこか入らないのか?」


 俺の問いかけに対して、なぜか金脇は小泉さんと顔を見合わせた。


「誘われたりするけど、今は委員会が忙しいから」


 それを聞いて、小泉さんが残念そうにため息を吐いた。

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