第43話 貴殿が握るのは正義の剣だ!

 騎士団幹部のノタラスがこの屋敷に来た。

 考えられる理由は一つだと思う。


 おそらく聖女ソフィアを騎士団に連れ戻しに来たんだろう。


 皇宮でのゴルギアス侯爵との会話を聞いた誰かが騎士団に知らせたのか、あるいはゴルギアス自身が騎士団に申告したのかはわからないけれど、ともかく聖女ソフィアが俺のもとにいるということは騎士団に知られてしまっているらしい。


 目的が聖女の奪還であれば、ノタラスは歓迎して受け入れられる客ではない。


 ただ、少なくともノタラスはわざわざ名乗り、こちらを訪問している。

 聖女ソフィアを取り戻すなら、実力行使に訴えることだって、できなくはないのだ。

 賢者アルテならそうするだろう。


 ソフィアが皇女の従者となっているという事情があるからなのかもしれないが、ともかく、ノタラスはいちおう対話をしようとしてくれている。


 なら、ノタラスを門前払いするというのは信義に反する。


 俺はクラリスに言った。


「クラリスさん。ノタラスを客間に案内してあげてほしい」


「わかりました」

 

 クラリスは勢いよくうなずくと、すぐに部屋から出て行った。

 ともかく、ソフィアには寝室にいてもらおう。

 それに、フィリアもノタラスに会わせないほうが良さそうだ。


「フィリア様はソフィアと一緒に寝室で待っていてください」


「どうして?」


「ノタラスは味方ではないですから。少なくとも、可能性としては敵になるかもしれません。なら、フィリア様がノタラスと会うのは危険です」


 ありえないとは思うけれど、例えば、ノタラスが皇女フィリアを人質にとって、聖女ソフィアの引き渡しを要求する可能性もないではない。


 もうひとつ問題なのは、ノタラスが召喚士であるということだ。

 召喚士は魔族を自らの仲間として呼び出し、使役する。

 そのため、召喚士は魔族やその同類である悪魔の性質には詳しい。


 つまり、フィリアが悪魔の娘だということがバレるかもしれない。

 

 相手がペルセのような信頼できる人間であれば良いけれど、ノタラスに弱みを握られるのは避けたい。


 そのあたりのことを説明すると、フィリアはやけに聞き分けよくうなずいた。


「ソロンとイチャイチャできていたのに、残念だけれど……仕方ないよね」


 イチャイチャするためじゃなくて、魔法の訓練をしていたのですが……。


 それはさておき、フィリアが好奇心から俺とノタラスの会話を盗み聞きとするのではないかと思ったが、さすがにそんなことはしないと信じたい。


 俺は厨房で紅茶を淹れた。それからお茶の入ったカップを二つ持って客間に行った。

 

 クラリスにはノタラスの案内後、ソフィアに対する事情の説明をお願いしているから、俺が茶を淹れてしまうほうが早い。


 客間はそれなりに綺麗な空間で、低いテーブルの両側に長椅子が置かれている。

 奥側の長椅子に、髪を丸刈りにした青年がすでに座っていた。


 召喚士ノタラスだ。


 彼は俺に気づくと、微笑を浮かべ、そして立ち上がった。

 昔からのことだけれど、ノタラスはかなり痩せている。

 分厚い眼鏡の奥には、くぼみおちた眼が見えていた。


「久しいですな、ソロン殿」


 ノタラスは甲高い声で言った。

 独特の雰囲気から、ノタラスは騎士団の中でも少し浮いていた。

 が、どちらかといえば、話のわかるやつだと俺は思っている。


「たしかに久しぶりだね。ソフィアを連れ戻しに来たのかな」


「それも用件の一つです。聖騎士クレオン殿は力づくででもソフィア様を連れ戻すように仰っていますからな」


 ノタラスはあっさりとソフィアを連れ戻そうとしていることを肯定した。

 団員の結束や対外的な宣伝という意味でも、純粋な戦闘力という意味でも、聖女ソフィアは騎士団に不可欠の存在だ。

 

 やはり騎士団員たちはソフィアが抜けることを許さず、必死になってソフィアを連れ戻しにかかるつもりらしい。


 ともかく、俺はノタラスに座るように促し、それから紅茶を勧めた。

 彼はうまそうに時間をかけてそれを飲み、そして口を開いた。


「良い茶葉を使っていますな。それに丁寧に淹れられている。聖ソフィア騎士団の副団長じきじきに茶を淹れていただけるとは、我が輩は幸運だ」


「俺は元副団長だよ。俺は君たちに追放されたんだから」


「そのことについて、我が輩から申し上げたいことがあります」


「なに?」


 俺が尋ねると、ノタラスは意外な行動に出た。

 彼はテーブルに額が押し当てられそうになるほど、深々と頭を下げたのだ。

 あっけにとられた俺に、ノタラスが言う。


「申し訳ありませんでした。ソロン殿を追い出すというのは愚行だったと考えています。我が輩は己の愚かさを恥じるばかりです」


 それから、ノタラスは俺に騎士団の窮状を訴えた。


 俺がいなくなってから、騎士団の運営はどうもうまくいっていないらしい。

 あらゆる雑務が滞り、外部との交渉も遺跡の攻略も不調が続いている。


 特に偵察に向かわせた団員たち十名が遺跡で死亡したというのは、俺もソフィアからすでに聞いていたけれど、ひどい話だと思う。

 俺がいた頃は、安全第一で行動していたし、そこまで大きな犠牲が出たことはなかった。


「すべてはソロン殿の代わりとなった副団長代理アルテ殿の責任です」 


「アルテ、ね」


 賢者アルテは、俺を最も積極的に追放しようとした騎士団幹部だ。

 

 そして、アルテは優秀な魔術師だが、団の運営にはあまり向いていなさそうだった。

 騎士団内部の政治的な力関係で、アルテが副団長代理となったのだとは思うけれど、適材適所とは言い難い。


「すべての問題を解決する方法はたった一つ。ソロン殿に戻ってきていただくことです」


 ノタラスは大げさに両手を広げ、断言した。


 これは予想外だった。


 召喚士ノタラスは聖女ソフィアだけでなく、俺をも連れ戻しに来たのだという。

 俺は疑問を覚えて言った。


「ノタラス、君の真の目的は聖女ソフィアを連れ戻すことなんじゃないかな。その外堀として俺を利用しようとしている。俺が騎士団に戻れば、ソフィアも騎士団に戻ってくれるからだ」


 たぶん、ソフィアが俺を追って騎士団を抜けたということも騎士団は知っているのだろう。

 侯爵ゴルギアスの筋から聞いたのかもしれない。


 ノタラスはまっすぐに俺の瞳を見つめた。


「人が人を想うというのは素晴らしいことですな。我が輩とて、ソロン殿とソフィア様の未来を妨げたいわけではないのです。そして、騎士団がソフィア様を必要としているのも、また事実」


「つまり、俺はやっぱり、聖女ソフィアを連れ戻すための材料ということかな」


「ソロン殿、信じてくださらないかもしれないが、我が輩はソフィア様の不在が生じる前から、貴殿に復帰していただくつもりだったのです。ソフィア様と同じぐらい、いや、それ以上に貴殿は騎士団に必要な方だ! 幹部会でも我が輩はソロン殿を呼び戻すことを提案しました」


「結果は?」


「四対六で否決です。しかし、幹部はみな動揺しています。ソロン殿自身が騎士団本部に乗り込み、幹部を説得すれば結果は変わります。間違いありますまい」


 ノタラスは熱心な口調で語りかけた。


 俺は頭を回転させた。


 罠か?

 たとえば、俺とソフィアが騎士団本部に戻った後、騎士団幹部がソフィアの身柄を強制的に確保する。その後、二度と邪魔されないように、俺を闇のうちに殺害するという可能性もある。


 極端な話だが、あの賢者アルテならそれぐらいしかねないとも思う。


 けれど、ノタラスにとってそうするメリットはない。


 ノタラスはアルテと仲が悪い。逆に俺の追放に反対しなかったとはいえ、俺との仲は比較的良好なほうだ。


 俺を連れ戻して副団長に復帰させれば、アルテを失脚させることができ、ノタラス自身の立場も強化できる。

 ノタラスの提案自体はおそらく嘘ではないと見て良い。


 ノタラスは俺の内心を図るように、説得の材料をさらに持ち出した。


「アルテ殿はとんでもない計画を立てています。死都ネクロポリスの攻略です」


 俺は息を呑んだ。

 

 死都ネクロポリスは帝都のそばにある遺跡だ。

 

 過去より数多くの伝説級の冒険者たちが攻略に挑戦しながらも、誰も成功しなかった最難関遺跡の一つである。


 ネクロポリスの最下層には目もくらむほどの財宝があるそうだし、遺跡で採集できる資源も豊富だ。

 帝都という経済の中心地の近くにもあるし、これが解放できればたしかに莫大な利益がもたらされる。


 そして、騎士団とアルテはかつてない名声を手にすることになる。


 けれど、そのためにどれほどの犠牲を払えばよいのだろう。

 俺もネクロポリス攻略は一度検討したことがあるけれど、試算ではネクロポリス攻略は現実的とは到底言えなかった。

 

 しかし、アルテが大量の騎士団員を犠牲にするつもりなら、話は別だ。

 そして、すでに騎士団員の命を使い捨てにしたアルテなら、同じことを繰り返すのにためらいはないかもしれない。


 アルテは平然とした顔で、容易に攻略可能だと団員たちに言うだろう。

 そして、騙された団員たちは命を落とすことになる。


「この計画にクレオン殿は反対していません。このままではネクロポリス攻略計画は実行に移されます。この計画を止められるのはただ一人。魔法剣士ソロンだけです。貴殿が騎士団に戻ることで、多くの命が救われるのです」


 俺は絶句した。


 たしかに、俺とソフィアが騎士団に戻って幹部たちを説得すれば、この計画は止められるかもしれない。

 そうすれば、無謀な計画で大勢の人が死ぬのを止められる。


 でも、俺は皇女フィリアの師匠だ。

 上目遣いに俺を見つめ、俺を頼るフィリアの姿が目に浮かぶ。

 俺が騎士団に戻ったら、フィリアのことは誰が守る? 

 誰が彼女の師匠をする?

 俺はフィリアのそばにいると約束したのに。


 俺はどうすればいいのか考えた。

 迷う俺に、ノタラスが目をかっと見開いて決断を迫る。


「さあ、ソロン殿。ともに騎士団をあるべき姿へと正すのです。貴殿が握るのは正義の剣だ!」

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