第40話 ソロンの奴隷ペルセ

 女商人ペルセは悪魔だ。

 これは悪人の比喩というわけではないし、ペルセは商人としては良心的な方だと思う。


 ペルセは文字通りの悪魔なのだ。


 悪魔は、遺跡に巣食う人類の敵「魔族」と近い性質をもちながら、人間と同じ容姿を持つ存在のことだ。

 彼ら彼女らは特異な力をもちながらも、奴隷として扱われ、人間から蔑まれてきた。


 俺自身は悪魔を汚れた血をもつ存在だなんて思わないし、人間より下の存在だとも思わない。


 けれど、帝国教会の教えに従う限り、悪魔は決して人間ではない。

 迫害されるべき異端である。


 「それなのに、ペルセさんはどうして帝都で商人をできているの?」


 フィリアが俺に問いかける。

 もっともな疑問で、普通ならペルセは奴隷身分のままで、商人として活動はできない。

 人間と悪魔の混血者は奴隷でない者も多いが、純然たる悪魔は奴隷とされていることが普通だ。

 しかも、ペルセは自分が悪魔だということを隠してもいない。


 その理由は俺にあった。


「ペルセはですね、俺の『奴隷』なんです」


「え?」


「形式的な話ですよ。悪魔は帝国法では奴隷身分を離れられません。逆に言えば、形だけでも誰かに奴隷として仕えていればいいわけです」


 もともとペルセは普通の奴隷の少女で、貴族の主人のもと、酷い扱いを受けながら働いていた。

 その頃、魔法学校の学生だった俺は、ペルセの主人の貴族とひょんな機会から賭博をすることになり、そして大勝した。

 俺は勝利の対価として、ペルセを手に入れた。

 

 ペルセは俺を見つめて、微笑んだ。


「ソロンさんは私を解放してくださったんですよ。私の居場所を作ってくれたんです」


「ペルセには才能があると思ったからね」


「私はソロンさんの役に立ちましたものね」


 酷い目に会っている女の子を助けてあげたい、という気持ちがなかったといえば嘘になる。


 でも、俺がペルセを助けたもう一つの理由は、ペルセの鑑定士としての能力にあった。


 魔族の性質をもつ悪魔だからか、ペルセには遺跡の財宝の真価を見抜き、また、人の魔法の素質を見極めて、最適な道具を提供できる力があった。


 ペルセは俺の知り合いの商人に預けられて修行を積み、やがて、独立して商会を開いた。

 その際の出資金には、俺が冒険者として稼いだ金を出している。

 

 その金は今では倍以上になって返ってきた。

 俺の計画通り、女商人ペルセは大成功を収めたのだ。


「俺が騎士団をやめさせられてからも、商売は順調?」


 ペルセの商売は聖ソフィア騎士団に頼るところも大きかった。

 騎士団の手に入れた財宝を代理で売りさばくとともに、騎士団の需要に応じて物資を納入する、というのがペルセの商会の売上の大きな柱だった。

 俺が騎士団を追放されたことで、ペルセの商売が傾いていないか、心配だった。


 けれど、ペルセは笑ってうなずいた。


「聖ソフィア騎士団とは変わらずに商売を続けさせてもらっていますよ」


「そうなの?」


「はい。クレオンさんも、私と取引を継続したほうが得だというのはわかっているんですよ」


 ペルセが俺の奴隷だからという理由で、クレオンはペルセとの取引を打ち切ったりはしなかったらしい。

 ということは、騎士団の動向を知る上でペルセは重要な情報源になる。


「私は商売で失敗したりはしませんよ。これからも、ソロンさんのお役に立てます」


 ペルセは俺に右手を差し出した。

 握手をしよう、ということだろう。

 俺はその手を握り返した。


 ペルセは俺の重要な協力者だ。

 俺はペルセを奴隷として扱うつもりはなかったし、対等な存在でありたいと思っている。


「まあ、最初はソロンさんに、奴隷として恥ずかしいことやエッチなことをされるのかと思っていましたし、それでも良かったのかもしれませんけれど」


「そんなこと、俺はしないよ……」


「はい、よく存じています」


 ペルセは嬉しそうに微笑んだ。

 

 そういえば、左手はフィリアとつないだままだ。

 フィリアはつぶやいた。


「いいなあ。わたしも早くソロンの役に立てるようになりたいよ」


「弟子は師匠の役に立つことなんて、考えなくていいんですよ」


 俺は微笑んでフィリアに言った。

 その様子を見て、ペルセが俺たちに問いかけた。


「さっきから気になっていたんですが、ソロンさんは弟子に敬語を使うんですか?」


 しまった。

 うっかり忘れていたが、フィリアが皇女であることは隠すつもりだったのに、ついつい敬語を使ってしまった。

 ペルセは興味深そうに俺たちを眺めた。


「ただの師匠と弟子というわけではなさそうですね。高貴な方なのだと想像しますが……」


 ペルセは微笑み、それ以上、何も言わなかった。

 俺がフィリアの正体を言うつもりがないということに、気づいてくれたのだろう。

 万一、フィリアが皇女であると知られてしまっても、ペルセは信用できるからそれほど問題にはならないと思う。

 それでも念のため、隠しておいたほうが無難だ。


「さて、ソロンさんとその可愛いお弟子さんは、私にどんなご用ですか?」


「この子の魔法の杖を探していてね。ペルセならぴったりのものが選べるんじゃないかと思ったんだけれど」


「この方に魔法を教えるんですね」


「俺の弟子だからね」


 ペルセはフィリアをじっくり見て、それから言った。


「ソロンさん。差し出がましいようですが、私はこの方に魔法を教えることをお勧めできません」

 

「どうして?」


 俺は意外に思って、ペルセに問い返した。

 フィリアに魔法の才能があることは、鑑定のスキルをもつペルセにならわかるはずだ。

 反対する理由はないと思う。


 けれど、ペルセは首を横に振った。


「悪魔の血を引く人間は、魔法を制御できなくなるんですよ」


 悪魔ペルセは、静かな口調でそう言った。

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