第41話 きっと、きっと大丈夫
悪魔や悪魔の血を引く人間は、魔法を制御できなくなる。
ペルセはそう言った。
たしかにそういう言い伝えはある。
もともと魔族に近い性質をもつ彼ら彼女らは、強い魔法を使えば、本来の性質と共鳴して力を暴走させてしまう。
もっともらしい話だけれど、しかし、俺はそういった噂を信じてはいなかった。
「悪魔や悪魔と人間の混血者が、魔法を暴走させてしまうっていうのは迷信だよ」
「でも、帝国教会は公式にそう教えていますし、帝立魔法学校も悪魔の入学者を受け入れていません」
ペルセは顔色を変えずに反論した。
なるほど。
帝国の権威ある機関は、悪魔や混血者に魔法を教えることを好まない。
おそらく、帝国は怖れているのだ。
奴隷である悪魔や貧民層の混血者たちが魔法を使って反逆することを。
悪魔もその混血者も、魔法に高い適性を持っているものが多いから、魔法を習得すればかなりの力を手にすることになる。
だから、帝国は彼ら彼女らから魔法を使う機会を奪ってきた。
俺の出身の帝国辺境は悪魔に対する反感が薄い地域で、あまりこの種の迷信も信じられていない。
けれど、帝都では違う。
俺は皇女フィリアを振り返った。
フィリアが俺を不安そうに見つめ返す。
俺は四年前に偶然、一度だけ、フィリアに魔法を教えた。
その後、誰もフィリアに魔法を教えようとしなかったのはなぜか。
それはフィリアが悪魔の娘だからだ。
誰もが言い伝えを信じて、悪魔の娘であるフィリアに魔法を教えるのを避けてきたのだ。
俺はペルセに笑いかけた。
「合理的な根拠のない話だ。俺は一度も悪魔や混血者が魔法を暴走させるところを見たことはないよ。それに、ちゃんとした裏付けのある研究報告だって出ていない。隣国のアレマニア・ファーレン共和国では、悪魔や悪魔の混血者に魔法を教えるのを避けるなんて慣習もないはずだ」
「あら、さすがソロンさん。博識ですね」
「そういうペルセだって、知っているよね?」
ペルセは情報通の商人で、しかも自分自身が悪魔でもある。
悪魔が魔法を暴走させるという言い伝えが、迷信だということは知っているはずだ。
なんでペルセがそんな古い迷信を持ち出してきて、俺がフィリアに魔法を教えるのを反対するのか不思議だった。
そもそも帝立魔法学校のルーシィ教授がフィリアに魔法を教えることに賛成しているし、問題が起きるはずもなかった。
ペルセはうなずいた。
「そうですね。私も迷信だと思いますよ。でも、問題の本質は、悪魔や混血者が実際に魔法を暴走させるかどうか、というところにはありません」
「どういう意味?」
「帝国の多くの人は迷信を信じているんです。『汚れた血』の混血者が魔術師となれば、どんな目で見られると思いますか?」
ペルセの言いたいことはわかった。
もともと、悪魔や、『汚れた血』と呼ばれる悪魔と人間の混血者は、差別と蔑視の対象になっている。
それに加えて、魔法を暴走させてしまうかもしれないという偏見が加わったら、ますます激しく迫害される対象になるだろう。
「ソロンさんはこの子をそういう茨の道を歩ませることになるんですよ」
ペルセは憂いを帯びた、美しい声で言った。
たしかにペルセの言うことは正論だ。
ペルセはフィリアのほうを向き、諭すように言った。
「リアさんとおっしゃいましたね。これがあなたの本名かは私にはわかりません。けれど、純血の悪魔と混血者という違いはあれど、私とあなたは同類であることはわかります。リアさんは魔族を見たことがありますか?」
フィリアは小さくうなずき、「恐ろしかったよ」とつぶやいた。
ついこのあいだ、俺の屋敷の地下で、フィリアは初めて魔族を目にした。
俺が倒したその魔族は、六本足の異形だった。
その巨大な蜘蛛のような魔族は、その中心部が黒く濁り、半透明の醜い見た目をし、人を捕食して殺していた。
ペルセは言う。
「私やあなたは、あんな怪物たちと同類で、同じ血を引いているんですよ。率直に言って、差別されても仕方がないと思いませんか?」
「それは……わからないよ」
フィリアはうつむき、首を横に振った。
俺自身は普通の人間だ。
だから、彼女たちの悩みのすべてはわからない。
けれど、たしかに自分が異形の魔族と同じ血を引く、ということは恐ろしいことだと思う。
「だから、私はあなたがこれ以上、迫害されるような茨の道を選んで歩むべきではないと思っています。道は一つではないんです。魔術師になることだけが、生きていく方法ではありません」
ペルセが言い終わると、その場を沈黙が支配した。
たしかに、ペルセの言うことも一理ある。
フィリアやルーシィに言われて、俺はフィリアに、魔術師となるための教育を施すつもりでいた。
でも、それがフィリアにとって一番良い道なのかはわからない。
ペルセは重くなった空気を変えようと思ったのか、笑顔を作った。
「私たち悪魔は、見た目は優れた美人が多いですから、貴族の妾にされたりすることも多いんですよね」
実際、フィリアは、皇帝が悪魔の娘に手を出して産ませた子どもだ。そういうことがよくあることは知っている。
ペルセはいたずらっぽく目を輝かせた。
「ソロンさんのことが好きなら、あなたもソロンさんの妾になるという道もあるかもしれません」
「わ、わたしがソロンのお妾さん?」
フィリアが顔を赤くした。……なんてことをペルセは言い出すのか。仮にも皇女を妾にするなんて、誰でも不可能だ。
もっとも、普通の悪魔やその混血児は、正式に人間と結婚することはできないから、愛し合っている場合でも、妾として扱われるのが通常ではあるけれど。
フィリアは恥ずかしそうにうつむいた。
けれど、しばらくして、フィリアは顔を上げて、綺麗に澄んだ声で言った。
「わたしがソロンに魔法を教えてもらうのは、わたし自身の願いだよ。だから、わたしはそのせいで自分が酷い目にあったって後悔なんてしない」
「その願いの行き着く先が、幸せな道とは限りませんよ。後悔はいつでも後になってやってくるものです」
「怖がっていたら、どこにも進めないよ。わたしは震えているだけの無力な女の子なんかではいたくない。ソロンみたいな、自分の力で自分の道を切り開ける魔法剣士になりたいの。それに」
「それに?」
「わたしの進む道が困難なものでも、ソロンが師匠として導いてくれるんだもの。きっと、きっと大丈夫」
フィリアはきっぱりと言い、俺を上目遣いに見つめた。
俺はうなずいた。
フィリアの言う通りだ。
迷信のために、フィリアが自分の進む道を諦める必要なんて無い。
もし、フィリアが理不尽な目にあうなら、俺が守る。
それが俺の役目だ。
ペルセは俺とフィリアを交互に見つめ、それからため息をついた。
「決意は固いようですね」
「そういうことだから、杖の選定を今からよろしく頼むよ。この子の適性を見ながら、細部を調整してあげてほしい」
そして、俺は価格を気にせず、一等品の杖を用意するようにペルセに伝えた。
質の高い道具を使えば、フィリアの魔術師としての素質をより早く高めることができるからだ。
けれど、横で聞いていたフィリアが驚いたような顔をした。
「ソロン……わたし、そんなに高い杖、買えないよ」
皇女フィリアは皇宮を出たため、フィリアのための皇室予算はかなり削られた。
なんとかフィリア自身の生活費はぎりぎり確保できてるけれど、高価なものを買う資金の余裕はほとんどない。
俺は微笑んだ。
「これは師匠である俺からの贈り物です。少し早い誕生日プレゼントといったところでしょうか。俺が買いますから気にしないでください」
「そんなの、ソロンに悪いよ。ソロンのお給料だってほとんど支払えていないのに……」
「そんなことはいいんですよ。師匠はですね、弟子が成長してくれることが一番、嬉しいんですから」
そう言って、俺はフィリアの頭を優しく撫でた。
フィリアは顔を赤くし、小さくうなずいて、されるがままになっていた。
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