第21話 駄々っ子フィリアはソロンお父さんに甘える

 俺は考えた。

 フィリアと過去に出会ったことがあるらしいというのは、とても気になる。

 けれど、いま優先すべき問題はそれではない。


「俺がこの子を起こすの?」


 独り言をつぶやいてみたけれど、誰も答えない。

 それも当然で、フィリアは眠ったままだし、クラリスはフィリアを起こさないまま部屋から去っていってしまったからだ。

 

 クラリスは言っていた。

 俺にフィリアを起こせと。


 俺とフィリアは同じ部屋にいるのだから、クラリスの言うこともわからなくはない。

 だけど、相手は寝ている年下の女の子だ。

 あんまり強引な手段を使って、目を覚まさせるのは気が引ける。


 まあ、そのうち自分で目をさますかな。

 そう思って、俺は帝都で発行されている日刊紙を読みはじめた。

 

 帝国西方地域での飢饉が深刻化。餓死者は数万人を下らず。

 過激派反政府組織の「七月党」が内務大臣を暗殺。

 アレマニア・ファーレン共和国との戦争では、帝国軍が南部戦線で歴史的大敗を喫したという。

 俺は新聞を斜め読みしていき、けっこうな時間が経った。


 だけど、フィリアはまったく起きてくる気配がない。

 すやすや寝ている。

 さすがにそろそろ起こさないと朝食の配膳の時間に間に合わない。しかも、その後にはフィリアはいちおう皇室の儀式的な行事に参加する予定があるらしい。


「ええと、フィリア様? 起きてください」

 

 俺は小声で言ってみたが、反応なし。

 困ったので、俺はフィリアの耳元でそれなりに大きな声で「フィリア様」と呼びかけてみる。

 すると、フィリアは寝返りを打って、なにか寝言をつぶやいてから、何も変わらず眠り始めた。


 ダメだ。

 どう考えても、平和な方法ではフィリアを起こせない。

 どうしようか。


 なんだか昔も同じような状況があった。

 あのときの相手はソフィアだった。

 旅先の宿屋に泊まったとき、朝日を浴びて目を覚ましたら、なぜか同じベッドにソフィアがいたのだ。

 俺は抱き枕代わりに抱きしめられていて、あまりのことに眠気が吹き飛んだ。

 誓ってなにかがあったわけでなく、ソフィアが寝ぼけて入るベッドを間違えただけだった。

 そのときのソフィアは全然、起きなかった。

 あのとき、結局、どうやってソフィアを起こしたのか。

 俺は思い出した。

 その日は休日だったし何もやることはなかったから、結局、ソフィアが目をさますまでずっとそのままの体勢で待ったんだった。


 目を覚ましたソフィアが顔を真赤にして謝っていた姿が昨日のことのように目に浮かぶ。

 でも、もう俺はもうソフィアとは二度と会わないかもしれない。

 今はソフィアのことでなく、フィリアのことを考えるべきだ。


 俺は深呼吸して覚悟を固めた。

 寝具を引き剥がして、ベッドから出てきてもらうしかない。

 

 俺はフィリアのかぶっている掛け布団を引っ張った。

 けれど、寝ているフィリアの頑強な抵抗にあって剥がせない!

 フィリアは両手でひしっと布をつかんでいる。

 

 困ったな、と思って、俺はフィリアの顔を眺めた。

 そして、気づく。

 

「フィリア様? 実は起きていますよね」


「……起きてなんかいないよ?」


「起きているじゃないですか」


 フィリアはしぶしぶという様子でベッドから起き上がった。

 眠そうに目をこすり、言う。


「どうやってわたしを起こしてくれるか楽しみだったのに」


「そんな理由で寝たふりしないでください」


「おはようのキスは?」


「そんなことはできません」


「師匠は弟子のほっぺたにキスして起こしてくれるんじゃないの?」


「それは親が子どもにするとか、そうでなければ恋人同士でするものではないでしょうか?」


「じゃあ、ソロンはわたしのお父さんになってくれる?」


「ええっ、恋人のほうじゃなくてそっちですか」


「あれ、ソロンはわたしの恋人になりたかったの?」


 フィリアがちょっとうれしそうに笑う。

 まずい。

 失言したような気がする。そういう意味で言ったわけじゃない。

 俺は慌てて訂正する。


「いえ、ええと、そういうわけではなく、俺とフィリア様って10歳も年は離れていないですよね。なのに、俺が父親というのは変ではないかと」


「じゃあ、ソロンのこと、お父さんって呼べばいいかな?」


「俺の話、聞いてます?」


 俺が言うと、フィリアはくすくすっと笑って、ぴょんと起き上がった。


「ね、お父さん。キスして」


 フィリアはすっと俺に顔を近づけた。

 俺がたじろいで一歩後ろに下がると、フィリアもまた一歩こちらに近づいてくる。

 フィリアが上目遣いに俺を見る。


「ダメかな?」


 考えてみると、フィリアの父親は皇帝だ。皇帝には何十人もの息子と娘がいるし、皇帝がフィリアに愛情を注いだとは思えない。

 そうだとすれば、フィリアは父親の愛情に飢えているのかもしれない。なら、ちょっとだけフィリアの演技に付き合っても悪くないような気もする。


「ねえってば、ソ、ロ、ン、お父さん♪ わたし、可愛い?」


「可愛いですよ」


「お父さんなら、娘に敬語なんか使わないよね」


「フィリアは可愛いよ」


 と俺が言うと、フィリアは少し顔を赤くした。

 恥ずかしくなるのなら、こんなことしなければいいのに。

 でも、フィリアは演技を続けた。


「お父さん。わたし、頑張って起きたから、おはようのキスしてくれる?」


「ホントは起きているのに、寝たふりをする悪い子にはできないな」


「あー、ひどいなあ。ソロンお父さんがキスして起こしてくれないから、わたし起きてこなかったんだよ?」


「ダメなものはダメだよ」


 だいたい、赤ちゃんのころならともかく、14歳の娘の頬にキスする父親なんていないと思う。


「さあ、さっさと服を着替えちゃいなさい」


 俺がそう言うと、フィリアは不満そうに頬を膨らませた。

 それから、フィリアはなにか思いついたのか、明るい笑みを浮かべた。

 嫌な予感がする。


「お父さんがわたしの言うことを聞いてくれないなら、わたし、服も着替えないし朝ごはんも食べないんだから」


 まさかの強硬手段にフィリアが出た。

 見ると、フィリアはすごく楽しそうに笑っている。

 どうしよう、と俺は思った。


「ふぃ、フィリア。き、聞き分けのないことを言うんじゃない」


「ソロンお父さんのことなんか知らないんだから!」


「ええっと、フィリア様? ホントに朝食にも儀式にも間に合わなくなりますよ?」


「うん。ソロンお父さんのせいでね」

 

 完全に駄々っ子状態である。

 演技にしても勘弁してほしい。

 フィリアは俺にほとんど密着するぐらいの距離まで近づいた。

 そして、目をきらきらさせながら、俺を見つめた。

 やむをえない、か。


「フィリア、じっとしててね」


「う、うん」


 フィリアは急に慌てふためいた様子になって、顔を真赤にした。

 そして、目をつぶる。

 そんなに照れられると、こっちが恥ずかしいんだけれど。

 俺はちょんとフィリアの頬に唇を触れさせ、それから一歩離れた。

 フィリアは目を開けて、顔を真っ赤にした。


「あ、ありがと。ソロンお父さん」


 まあ、これでフィリアの家族愛への憧れが満たされたなら、それはそれでいいのかもしれない。

 でも、疲れた。


「あんまりお父さんにわがままは言わないでほしいな」


 と俺は父親っぽく小言を言ってみる。

 フィリアはえへへ、といたずらっぽく笑った。

 それからフィリアは「えいっ」と言うと、俺に正面から抱きついた。

 

 フィリアは甘えるようにこちらに完全に体重を預け、その小さな胸の感触が俺に伝わってくる。

 暖かいし柔らかいな、と考えて、俺は赤面した。俺が慌てて離れようとすると、フィリアは「ダメだよ?」と言って、ますますくっつこうとした。揉み合いみたいになって、フィリアの小さな胸の膨らみが、俺の腰のあたりとこすれる。


「あっ……ひゃうっ……」


 フィリアは甘くあえぎ、耳まで真っ赤になった。小さいけれど……柔らかかったな。

 俺はそんな感想を頭から追い払った。でも、フィリアも俺の内心に気づいたのか、照れたような笑みを浮かべる。。


「まだちっちゃいけど……成長途中なんだからね」


「ええと……」


「五年後には、すっごく胸の大きい美人になっているんだから! 」


 フィリアは相変わらず俺に胸を押し当てたまま、いたずらっぽくささやいた。


「大好きなソロンお父さんには、わたしの成長を見ていてほしいな」


【あとがき】

↓なろう版ラブコメ『クールな女神様と一緒に住んだら、甘やかしすぎてポンコツにしてしまった件について』もよろしくです!

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