第二章 陰謀と聖女と
第15話 皇女と魔法剣士は一緒に暮らす
「まさか、俺が皇宮のなかに住む日が来るとは思いませんでした」
俺は自分の新しい住み家を見て、つぶやいた。
ここは皇宮のなかの一室。
皇女フィリアの部屋の隣だ。
フィリアは言う。
「メイドさんたちだって、皇宮のなかにある部屋で寝てるよ?」
「まあ、それはそうですが」
けれど、クラリスたちが使っているのは使用人居住エリアの部屋だ。
一方の俺の部屋は、いくら皇宮の片隅とはいっても、皇女の隣の部屋だ。
つまり貴人用の部屋であることに間違いない。
そんなところを俺が使えるのは、理由があった。
一つの理由は、こないだのクラリス誘拐事件のようなことがまた起きるという可能性だ。
今度はもっと直接的に敵はフィリアの命を狙ってくるかもしれない。
悪魔の娘であるフィリアを敵視するものは他にもいてもおかしくないからだ。
皇宮の衛兵隊はフィリアの警護に消極的で、あまり人員を割きたくないようだった。
そうすると、俺がフィリアのそばにいて彼女を守るのが一番良い。
そもそもルーシィ先生が俺をフィリアの家庭教師にしたのも、フィリアの警護をさせるためかもしれない。
ルーシィは理由はわからないけれど、フィリアにそれなりに肩入れしているようでもあった。
ルーシィもまた大貴族の娘で、彼女の推薦があったということも、俺が皇宮の部屋を借りられた理由の一つだった。
そして、もうひとつ理由がある。
フィリアの強い希望だ。
「わたしの近くにソロンがいてくれたら、とても嬉しいなって思ったの」
「たしかに警備上はそれが望ましいとは思いますが」
「ううん。そういうことじゃなくて、師匠と弟子は一緒に住むものなんでしょう?」
「まあ、そういう場合もありますが」
絶対、というわけではない。
魔術の師匠と魔術の弟子といっても、帝立魔法学校のような教育機関では、住み込みの弟子という形をとらず、学生寮に住んだままの生徒も多い。
フィリアは首をかしげた。
「うーん、わたしのわがまま、だったかな?」
「殿下がそうしたいというのでしたら、俺は喜んで従いますよ」
俺はにこにこしながら言った。
まあ、本当に同じ部屋に一緒に住むという感じだったら、相手は年頃の女の子だし、いろいろと困るけれど、そういうわけじゃない。
あくまで隣の部屋。
それだったら、そんなに困ることはない。
さすが皇宮というべきか、けっこう快適そうな部屋だし。
なんだかやたら広々としていて、ベッドが二つあるのがちょっと不思議だけれど、たまたま二人部屋だったのが余っていたんだろうな。
と思っていたら、フィリアはくすっと笑った。
「じゃあ、そっちがソロンのベッドで、こっちがわたしのベッドね」
「へ?」
俺は唖然として、まじまじと皇女フィリアを見つめた。
二つあるベッドのうち片方を俺が使うのはいいとして、なぜもう一方をフィリアが使うのか。
フィリアは言った。
「言ったでしょ? 一緒に住むって」
「で、でも、フィリア様の部屋は隣では?」
「だって、あっちは一人部屋だよ? だから、こっちの二人部屋をソロンと一緒に使うことにしたの」
勘違い、というのは恐ろしい。
俺はあくまでフィリアの部屋の隣の余っている部屋を借りるというだけの話だと思っていた。
けれど、文字通り、フィリアは俺と一緒に住むつもりだったんだ。
俺は頭を抱えた。
「さすがに同じ部屋っていうのはまずいですよ」
「どうして?」
「俺は男。フィリア様は女性。倫理的に問題があります。だいたいフィリア様だって男と一緒の部屋なんて嫌でしょう?」
「わたしはソロンとならかまわないよ?」
「ええ、いや、そうおっしゃっていただけるのは嬉しいんですけどね……」
フィリアが良いと言っているから良い、という話じゃない。
俺が困るんだ。
悩む俺にフィリアが上目遣いに問いかける。
「ソロンはわたしと一緒の部屋なのは嫌?」
「嫌ではないですよ」
「なら、何も問題ないよね?」
そうなのかもしれない。
フィリアが良いといっているんだから、良いのではという気がしてきた。
それに、衛兵が当てにならない以上、フィリアの安全を第一に考えるのであれば、片時も離れずフィリアの側にいたほうが良いのもたしかだ。
「どう?」
フィリアが瞳をきらきらと輝かせて俺に尋ねる。
俺はフィリアの提案に同意しかけた。
「同じベッドでもいいんだよ?」
……いや、それはさすがにダメでは?
俺は言いかけ、しかし、そのとき、扉をノックする音が聞こえた。
フィリアが「いいところだったのに」と残念そうにつぶやき、それから「どうぞ」と返事をする。
やってきたのはクラリスかな、と思っていた俺の予想は裏切られた。
そこに立っていたのは、鎧を着た厳格そうな中年男性だった。
「勝手なことをなされては困りますな、殿下」
渋い顔でそう言った男の名前はギランという。
皇宮衛兵隊の副隊長だ。
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