第16話 衛兵隊長と決闘を
皇宮衛兵隊の副隊長、ギランは部屋を見回し、呆れたように言った。
「殿下。このような素性の知れぬ男と同じ部屋で寝るなど正気の沙汰とは思えませんぞ」
「ソロンは信頼できる人だよ」
とフィリアはきっぱりと言った。
「それに公爵家と帝立魔法学校教授の身元保証があるもの」
「しかし貴族ではありません」
ギランは冷たく言った。
彼は大貴族の出身で、しかもその家系は帝国で最も古い高貴な一族だという。おまけに母親は皇族でもある。
そういう人間でもなければ、格式と伝統を重んずる皇宮衛兵隊の副隊長になることなどできないんだろう。
貴族といってもいろいろで、貴族であることを鼻にかけない人もいれば、逆に自身が貴族であることを強烈に意識するやつもいる。
貴族であるから傲慢になるものもいれば、貴族であるため自身には民衆を救う崇高な義務があると考える者もいる。
そして、俺の見たところ、ギランは良くも悪くも貴族意識の強い人間で、貴族と平民の違いに敏感だった。
ギランは言う。
「だいたい、そのソロンという男、もといた騎士団を追い出されたとか。無能だったということでしょう」
「ソロンは役立たずなんかじゃないよ」
「では素行に問題があったのかもしれませんな。金に汚く、女にだらしなかったのでしょう。平民の成り上がり者は強欲なものです」
「それ以上、ソロンのことを悪くいうなら――」
そう言いかけたフィリアの言葉をギランは遮った。
「殿下も気をつけなさったほうがいい。下賤の者に犯されて、子を孕みたいのであれば別ですが」
一瞬、フィリアは何を言われているかわからなかったのか、固まった。
次の瞬間、顔を真赤にした。
ギランはにやにや笑う。
「それとも、殿下がこの男を同じ部屋に寝させるのは、それが目的ですかな。夜中にベッドの中に入り、腰を振り、男に媚びる。淫乱な奴隷娘だった母親の真似をするのは感心できませんぞ」
フィリアは羞恥に顔を赤くしたまま、ギランを睨みつけていた。
俺のことを悪く言うのはいい。
けれど、いくらなんでも、ギランの態度は皇女に対して無礼にすぎる。
悪魔の娘であるフィリアのことも快く思っていないのかもしれないが、ともかく節度というものがある。
「そのへんにしておいたらどうかな、副隊長殿」
と俺は言い、ギランはそれに応じた。
「君の指図を受ける理由はない」
「しかしフィリア様のお心を悩ますのを、黙って見ているわけにはいかないね」
「そういう君こそ、でしゃばりすぎだとは思わんかね? たしかにこのあいだの事件を解決したのは君の手柄かもしれん。だが、それを鼻にかけてもらっては困る。皇宮を守るのは我々衛兵隊だ」
「衛兵に相談してすむんだったら、最初からそうしていたよ」
「我々衛兵のなかに裏切り者がいたことは認める」
「だったらさ、俺が衛兵にメイドの誘拐事件を相談できなかった理由も、わかるよね?」
「理解はできる。が、同意はできんね。繰り返すが、皇宮のなかの治安を維持するのは、我々衛兵の仕事だ。聖ソフィア騎士団だとか、英雄ソロンだとか、そういう奴らは呼んでいない」
「俺だって、あなたたちの仕事を奪おうってつもりじゃない。非常事態だったんだ」
「非常事態だから仕方がない、と言えば聞こえはいいが、もし失敗したら君はどうやって責任を取るつもりだったんだ?」
「失敗するつもりはなかったさ」
「大した自信だな。しかし、魔法剣士などと名乗っているが、要するに剣技にも自信がなければ、魔法にも自信がないから、小手先の技術を弄して戦う奴らだろう?」
ギランの言うことはたしかに一面の真理だ。
俺たち魔法剣士は複数のスキルを組み合わせて戦っているけれど、逆に言えばどのスキルも中途半端ということになりかねない。
けれど。
「そんなことない! 剣の腕だって、ソロンのほうがあなたなんかよりずっと上なんだから!」
とフィリアが力強く言った。
「ほう」
ギランが顔をゆがめた。
プライドの高そうな彼のことだ。
皇女に俺より下に見られて、愉快ではないだろう。
「精鋭ぞろいの皇宮衛兵隊のなかでも、副隊長に選ばれた私より、この男のほうが強いと仰るか。なら、試してみよう」
「試す?」
「そこにある銅の剣をとれ。私の分と君の分で二本だ。これで決闘する。魔法だの宝剣だの、そういったものを使うのはなしだ」
「皇女の御前だ。決闘なんてできるわけない」
と俺が言うと、フィリアが首を横に振った。
そして、フィリアはギランを強く睨んだ。
「わたしは賛成だよ。その代わり、ソロンが勝ったら、わたしがソロンのそばにいることに文句は言わない?」
「そうしましょう。逆に私が勝ったら、この男には皇宮から出てってもらいます。」
俺を置き去りにフィリアとギランの二人は話を決めてしまった。
弱ったな、と俺は思う。
できれば決闘なんて面倒なことは避けたかった。
けれど、フィリアがやれというなら仕方ない。
「どうした、怖気づいたかね? 帝国最強の騎士団の副団長だかなんだか知らないが、所詮、我々衛兵隊にはかなわないということかね」
ギランは嘲るように言った。
俺は黙って、部屋の隅にある安物の銅の剣を手に取った。
そして、それを構えてフィリアを振り返った。
「戦え、とフィリア様は仰るんですね」
「うん。それがわたしの望みだから」
そう言うと、フィリアは俺にそっと近づき、美しい刺繍の入った青色のハンカチを渡した。
それは決闘のときの伝統的な作法だった。
このハンカチは、俺がフィリアのために戦い、また、フィリアが俺の勝利を願っているという証だ。
フィリアは上目遣いに俺を見上げて、綺麗に透き通った声で言った。
「ソロン、わたしに勝利を!」
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