第17話 皇女のために口づけを

 俺とギランは廊下に出た。

 さすがに部屋のなかだと備品を壊しかねない。

 幸い、この廊下はかなりの広さがあり、しかも皇宮の奥にあるから通りかかる人はほとんどいない。

 ギランは敵意のこもった眼差しでこちらを睨み、剣をまっすぐと俺に向けた。


「君が目の前で惨めに敗れれば、皇女殿下も目を覚まされるだろう。それ以前に、下手を打てば君は死んでしまうかもしれん。これは決闘だからな」


「わかっているよ」


 俺はうなずいた。

 そう。

 これは決闘だ。

 俺たちの持っている剣は人殺しの道具だ。


 もちろん、どちらかが降参と叫べば、その時点で勝負は終わる。

 けれど、真剣で切り合えば、降伏を宣言する前に死んでしまってもおかしくない。

 フィリアが不安そうに俺を見た。

 俺はにこりと微笑んだ。


「わたしが負けてしまうのが心配ですか?」


「ううん。ソロンが負けてしまうなんて考えないけど、でも、もしソロンが怪我をしたら嫌だなって……思うの」


 フィリアはその場の勢いで俺とギランの決闘を認めたけれど、今になって心配になってきたみたいだ。

 気遣ってくれるのは嬉しいけど、もう遅い。

 火蓋は切られたんだから。


 俺自身も若干の不安があった。

 戦いは常に恐怖と緊張感を強いられるけれど、今回に関して言えば、全力を出せば問題なく勝てる自信はある。

 それに自分が傷を受けるとも思わない。


 けれど、ただ勝つだけではダメだ。

 ギランを死なせたり、彼に重傷を負わせたりせずに勝たなければならない。

 皇女が合法的に認めた決闘だといっても、皇宮衛兵隊の副隊長を殺したなんてことになれば、俺は皇宮にはいられなくなる。

 法律上の問題がなくても、衛兵隊や貴族たちが俺のことを許さないだろう。


 大丈夫だ、と俺は自分に言い聞かせた。

 ギランを殺さずに勝てる方法はある。

 俺は言った。

 

「フィリア様。どうか不安に思わないでください。必ずやフィリア様の望み通りの勝利をお見せしましょう」


 フィリアがうなずいたのを見てから、俺は敵を正面に見据えた。

 俺もギランも安物の銅の剣を構えた。


「いざ、尋常に勝負!」

「受けて立とう」


 ギランの叫びに俺は静かに応じた。

 決闘の開始だ。


 まっすぐに間合いを詰めてきたギランが、剣を振り下ろす。

 俺は一歩後ろに下がりながら、剣を受けた。

 最初は防御に徹する。

 それが今回の戦いの方針だ。

 敵が二撃目を繰り出すのを見ながら、さらに一歩後退する。


「どうした? 本当に怖気づいたのか!」


 ギランが強力な剣撃とともに、大声を張り上げて俺に問いかける。

 なるほど。

 たしかにギランの剣術は優れている。

 さすがは皇宮衛兵隊の副隊長だ。

 一歩間違えば、俺の身体は一刀両断され、あの世行きは間違いないと思う。

 けれど、問題はない。


 あまりフィリアを不安に思わせてもいけない。

 そろそろ反撃だ。


 俺はギランの四撃目の剣を受け、その次に大きく後ろに飛び退った。

 ギランはこれまで通り俺が受けに徹すると思っていたらしく、次の斬撃を早く振り下ろしすぎ、その剣は一瞬、空を舞った。


「な……!?」


 ギランは焦りながらもすぐに態勢を立て直した。

 さすがの対応の速さだが、それでもわずかにギランの剣撃にほころびが出る。

 次の瞬間、俺は大きく前へと踏み込み、右から斬撃を放った。

 ギランはそれをどうにか剣で受け止める。

 二本の剣が交わり、激しく火花が散った。

 俺はさらに前進して、次の一撃に全力をかけた。

 ギランが俺の胴を狙ってきたが、こちらの剣撃のほうが速い。

 俺の剣がギランの剣を捉える。


「終わりだ……!」


 俺のつぶやきとともに、ギランの剣は弾かれ、彼の手から剣が落ちた。

 そのまま俺は剣の切っ先をギランの喉元に向ける。


「降参するかい? 副隊長殿?」


「……降参などするものか。このような不名誉を受けて生きてなどおれん。私を殺せばいいだろう」


「副隊長殿の使命はこの皇宮を守ることだよね? 使命を放棄して、俺みたいなやつに殺されるのは本意じゃないはずだ」


 俺が諭すように言うと、ギランはがっくりとうなだれた。

 そして、その場に膝をついて、「降参だ」と小さく言った。

 ギランは皇女に約束したとおり、俺がフィリアのそばにいることを認めなければならなくなった。


 俺は剣を鞘にしまい、それからギランの使っていた剣も拾い上げた。

 戦いは終わり、この二本の物騒な道具は必要なくなったのだ。


 振り返ると、フィリアが飛び跳ねるようにこちらへと近づいてきた。

 そして、弾んだ声で言う。


「勝ったね、ソロン!」


「はい。フィリア様のお守りのおかげです」


 俺は微笑すると、フィリアから預かった青いハンカチを返した。

 フィリアはそれを丁寧に受け取り、そして俺にぎゅっと抱きついた。

 フィリアの小さな胸が、俺に押し当てられる。


「ふぃ、フィリア様?」


「ありがとう、ソロン」


 女の子特有の甘い香りにくらりとする。小さいとはいえ、胸の感触に、まだ14歳ながらフィリアが一人の女性なのだと俺は意識させられた。


 フィリアはその美しい青い瞳で俺を上目遣いに見つめていた。……こんな可愛い子と同じ部屋で寝起きするなんて、やっぱり大丈夫なんだろうか?


 そんなことを考えていたら、フィリアは恥ずかしそうに微笑んだ。

 そして、俺から離れて、右手を差し出した。

 どういう意味だろう?

 俺がフィリアの目を見ると、フィリアは柔らかく微笑んだ。


「女の子を守る騎士は、守った相手の甲にキスをする。そうだよね?」


 そういえば、それも伝統的な決闘の作法だ。

 俺がフィリアのために戦ったということを示す儀式みたいなものだ。

 必ずしもやらなくてもいいとは思うのだけれど、フィリアはこういう騎士道的なやり取りに憧れがあるのかもしれない。


 俺は一瞬ためらってから、膝をつき、フィリアに対してうやうやしく頭をたれた。

 それから、フィリアの白く小さな手を見つめた。

 ただの作法だとわかっていても、ちょっと恥ずかしい。

 俺は覚悟を決めて、フィリアの手に口づけをした。柔らかい感触がする。

 しばらくして顔を上げると、フィリアが顔を赤くしながら、でも嬉しそうに笑った。


「これからもわたしのそばにいてね、ソロン」


【後書き】

これからソロンとフィリアの皇宮での生活が始まります!


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