第18話 賢者アルテに言わせれば

 聖ソフィア騎士団で攻撃魔法を担当する少女、女賢者アルテは追い詰められていた。

 

 アルテは自分のことを有能だと思っていた。そして、聖女ソフィアと聖騎士クレオンという例外を除けば、自分より強い冒険者なんて存在しないとすら思っていた。

 実際、帝立魔法学校は首席で卒業したし、聖ソフィア騎士団でも攻撃魔法の天才としてあっという間に幹部になった。


 ついでにアルテは美少女でもある。これは自惚れではなく、客観的事実だった。

 アルテみたいな黒髪黒眼の少女は帝国では珍しく、不思議な雰囲気の美人として帝都ではけっこう騒がれた。

 アルテは美貌のせいで周りの女性からはだいぶ妬まれたし、どうでもいい男からたくさん告白されたが、そんなことはどうでもよかった。


 ただ、あの素晴らしく美しい聖女ソフィアの隣にいる資格があるのは、実力があるだけでなく、魅力的な容姿も持っている者のはずだ。

 だから、ソフィアの隣にいるべきなのは、自分こそがふさわしいとアルテは考えていた。

 断じて、魔法剣士ソロンのような平民上がりの平凡な男がソフィアのそばにいるべきではない。


 アルテは魔法学校時代から聖女ソフィアに憧れていたし、だからこそ、ソフィアのそばにいるソロンは常に邪魔な存在だった。

 ソフィアやクレオンにとってソロンは特別な存在だったようだし、この三人の創設メンバーこそが騎士団の中核で、そこにアルテが入り込む余地はなさそうだった。


 けれど、とうとうアルテはソロンを追い出すことに成功した。

 厄介者の幹部ソロンを追い出したことで、アルテは副団長代理になることもできた。

 これで名実ともにアルテは騎士団のナンバースリーになったのだ。


 自分は優秀だ、とアルテは信じている。


 なのに、この困った状況は何なのか。

 アルテは強敵を目の前にしているわけでもないし、命の危険にさらされているというわけでもない。

 問題は、仲間であるはずの騎士団幹部だった。

 

 ここは騎士団幹部用の会議室。

 騎士団の定例の幹部会が開かれている。

 団長のソフィアも副団長のクレオンも欠席だが、それほど珍しいことではない。

 二人に加えて追放されたソロンもいないから、合計で十人の騎士団幹部が集まっていることになる。

 そして、その幹部たちは揃いも揃って暗い顔をしていた。

 それも当然で、このところ、騎士団の遺跡攻略は失敗が重なっていたのだ。

 

 幹部の一人、召喚士ノタラスが立ち上がった。

 ノタラスは丸く分厚い眼鏡をかけ、髪を丸刈りにした痩せ型の青年だ。

 アルテの嫌いなタイプだ。

 ノタラスは甲高い声で口火を切った。


「アルテ殿。貴殿はソロン殿がいなくなれば、我輩たちはもっと活躍できると言っていましたな」


「はい。言ったわね」


「してみると、この現状は貴殿の望んだことなのですかな?」


「嫌味な言い方をせずとも、はっきり言えばいいでしょう? あたしたちがひどい失敗ばかりしているって」


 アルテはノタラスに冷静に答えようと試みたが、結局、苛立ちを隠せなかった。

 

 聖ソフィア騎士団が苦しんでいるのは、ソロンがいなくなったせいであるのは明らかだった。


 索敵、物資の入手、地図や案内人の手配、現地の役人との交渉。

 ソロンは遺跡探索に必要な雑務を一人で卒なくこなしていたのだ。

 彼がいなくてもその程度のことは簡単にできる、とアルテは思っていたが、いざ自分がやってみるとまったくうまくいかない。

 

 アルテは貴族でプライドが高く、頭を下げて現地の人々の協力を求めることが不得意だ。

 ソロンは法律・医学・生物学・文学・歴史・民俗学と雑多で豊富な知識を活用して細かい問題を解決してきたが、アルテには魔法の知識と力しかない。

 

 索敵もできない。アルテは魔術師だから防御力がないし、単独で動けばすぐに敵の餌食だ。

 逆に魔法剣士ソロンはおおよそ冒険者に求められるすべてのスキルを持っていた。それぞれのスキルが高いとまではいえない。でも、単独で行動し、的確に敵の位置を把握できていた。


 そういうソロンに代わる存在として、アルテは非幹部の騎士団構成員数名を難関遺跡の偵察に派遣した。

 ところが、彼らは全滅した。

 死んだのだ。

 アルテは遺跡の複雑さと敵の強さを見誤った。

 それが悲劇の理由だ。

 これまで遺跡攻略の指針を立てていたのもソロンだったが、ソロンがいたころは遺跡攻略で騎士団に犠牲者が出たことはほとんどなかった。


「我が輩たちの騎士団は不敗として知られてきましたな。そして団員の命を何よりも重んじるという美風があったわけです」

 

「それがどうしたの?」


「アルテ殿は我が輩たちの騎士団の伝統を台無しにしてしまったのではありませんか」


「あたしだって好きであの子たちを死なせたわけじゃないわ」


「ですが、現に彼らは死んだ。ソロン殿がいたときはこんなことはありませんでした。あの方は器用でしたからな」


 ノタラスの言葉に、幹部の何人かが小声で賛同した。

 まずい、とアルテは思う。

 良くない方向に話が進んでいる。

 そもそも、彼ら幹部の全員はソロンの追放に賛成していた。

 なのに、今になって自分のことばかり責めるのは卑怯だとアルテは思った。


「あなたたちだって、実力の足りない魔法剣士が副団長なんて、嫌だって、言っていたくせに!」


 アルテは立ち上がって机を激しく叩いた。

 激昂するアルテに対し、ノタラスはあくまで平静を保ち、にやにやと笑みを浮かべた。

 一応は、アルテの抗議にノタラスはうなずいた。


「左様。たしかに我が輩もソロン殿の追放に反対しませんでしたな。だが、それはアルテ殿たちがソロン殿などいなくても大丈夫、と力強く言ったからです」


「それはそうだけど……」


 自分一人のせいではない、という言葉がアルテの喉元まで出かかった。


 アルテは聖女ソフィアのことを尊敬していたし、彼女のことを大好きだった。けれど同時に、ソフィアが組織を運営するのには向かない気弱な性格をしていることも知っていた。

 聖女自身もそれを自覚しているようで、団長とはいえ組織の運営的なことに関わらず、騎士団の象徴的な存在にとどまっていた。


 代わりに騎士団の一切を取り仕切ってきたのが、副団長のソロンだった。ソロンがいなくなったいま、新たな副団長クレオンこそが幹部をまとめるべき立場にある。

 けれど、彼は最近ほとんど姿を見せない。

 

 以前の副団長ソロンは確実に攻略できる遺跡ばかり攻略対象に選んできた。このかなり慎重で保守的な方針も、騎士団幹部たちのソロンに対する不満の種の一つだった。


 けれど、正反対に、クレオンは強引な手法で難易度の高い遺跡を攻略するように命令してくる。

 たしかに成功すれば得られる見返りも大きいし、実際、騎士団の実力をすれば攻略に成功することだって少なくはない。

 しかし、騎士団の幹部も団員たちもあまりに急激な拡大路線に疲弊していた。

 まるでなにかに取り憑かれたように、クレオンは攻略を急いでいた。


 こうした状況で、アルテは騎士団の運営も遺跡の攻略もまったくうまく進められていなかった。


「女賢者といっても、所詮、世間知らずのお嬢様ということですなあ」


 ノタラスが微笑した。

 彼は一応貴族の出身だが、下級も下級、爵位もないような怪しげな家の生まれだ。

 ろくな領地も俸禄もなく、その生活の貧窮ぶりは並の平民より下だったと聞く。

 対するアルテは侯爵の爵位のある大貴族の生まれだった。

 アルテは勢いを失い、弱りながらノタラスに問いかけた。


「あたしにどうしろって言うの?」


「決まっているでしょう。ソロン殿を呼び戻すのです」


「それは……それだけは嫌」


 ソロンを呼び戻す、ということはアルテが間違っていたことを認めるということだ。

 そうして彼を騎士団に戻し、膝を屈してふたたび彼を副団長とするなど、アルテのプライドが許さない。

 そのときにはせっかく手に入れた騎士団ナンバースリーの座を、アルテが追われることは確実だ。

 それどころか、戻ってきたソロンがアルテを騎士団から完全に排除しようとしてもおかしくない。


「ソロン殿を呼び戻すことに賛同する者は席を立っていただきたい」


 ノタラスが静かに言った。

 彼の呼びかけに応じ、三人の幹部が席を立った。

 けれど、それで終わりだった。

 アルテと残りの五人は、いまだソロンの追放を支持しているということになる。

 

「ふむ。仕方ありませんな」


 ノタラスは肩をすくめて、椅子に腰掛けた。

 良かった、とアルテは思う。

 なんとか最悪の事態は回避された。

 ソロン追放に賛成である幹部がまだ多くいるのは、まず、盾役の幹部ガレルスのようにソロンと個人的に仲が悪い者がいるためだった。アルテの双子の妹フローラも、アルテの言いなりだ。

 そして、より重要なのは、クレオンがソロン追放の主導者だったということだ。

 以前のクレオンなら、アルテがどれほど訴えても、ソロンの追放という案に耳を貸さなかった。それが急に積極的にクレオンはソロンの追放に賛成するようになり、実際にソロンを追い出した。


 この騎士団では聖女ソフィアと聖騎士クレオンの発言力は圧倒的に強い。

 彼女と彼は戦闘面の能力でも他の幹部を圧倒していたし、どちらも幹部・団員からカリスマ的人気があった。


 けれど、この状況が続くとは限らない。

 次はないとアルテは思う。


 ともかくそれまでに皆を納得させる実績を作る必要がある。

 アルテは部屋の片隅の地図に目を走らせた。

 そして、帝都からわずかに北に離れた遺跡を見つけた。

 それは、かつて無数の有力な冒険者たちが挑みながらも、誰も攻略に成功しなかった地だ。

 その最下層には目もくらむほどの財宝があるという。さらに遺跡で採集できる資源も豊富な上、帝都という経済の中心地の近くにある。


 この遺跡を攻略すれば、帝都の民衆は喝采を叫び、アルテの地位と名声は不動のものとなるだろう。

 攻略にどれほどの犠牲を払ってもかまわない。

 成功さえしてしまえば、誰もアルテに文句はつけられないはずだ。

 今度こそ、ソロンやノタラスのような人々に邪魔をされることはなくなる。

 そうなれば、聖女ソフィアとならぶ、最高の女賢者アルテの誕生だ。


 アルテは暗い野望に胸を踊らせながら、幹部会の閉会を宣言した。

 

 このときアルテはまだ気づいていなかった。

 前の日の夜に、聖女ソフィアがこっそりと騎士団本部を抜け出して、帝都へ向かったという事実に。


☆あとがき

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