第23話  ルーシィはソロンを抱きしめ、フィリアはルーシィに対抗心を燃やす

 俺とルーシィ先生が少し話しているあいだに、フィリアが着替えて戻ってきた。

 ぴょんと跳ねるようにフィリアは俺たちの前に立ち、弾んだ声で問いかける。


「どう? この服、可愛いかな?」


 晴れやかな青色のドレスは繊細な装飾が施されていて、フィリアに優美な雰囲気を加えていた。

 宮廷の公式行事に参加するのにふさわしい正装だ。

 俺は微笑んだ。


「とても可愛いと思いますよ」


 と俺が言ったら、隣のルーシィに足を踏まれた。

 なんでそんなことをするのかと思ったら、ルーシィはすねたようにこちらを上目遣いに見ている。


 ルーシィが部屋に入ってきたときは意識しなかったけれど、なぜか彼女もドレス姿だ。

 ルーシィが着ているのドレスは鮮やかな真紅で、赤色の髪と目と揃い、「真紅のルーシィ」と呼ばれるにふさわしい見た目だった。

 胸元の開いたやや大胆な衣装だけれど、きちんとした帝国式の正装の範囲を逸脱していない。


「あれ、ルーシィ先生も帝室の儀式に参加されるんですか?」


「そうよ。そのためにここに来たんだもの。だけど、あなたが言うべきなのはそういうことじゃないでしょう?」


 ルーシィはますます不満そうに俺を睨んだ。

 ようやくルーシィの意図に俺は気づき、慌てて言った。


「えーと、そのドレス、すごく綺麗で似合っていると思います」


「なんか心がこもっていない気がする」


 ルーシィは俺を睨みなら一歩踏み出し、ぐいっと俺の襟首をつかんだ。

 そんなに怒ることなんだろうか、と俺は思いながら、焦って一歩後退する。

 が、部屋の壁にぶつかってしまった。

 同時に俺の襟首をつかんだままルーシィが引きずられる格好になる。


 きょとんとした顔をしたルーシィ先生が、「わわっ」と可愛らしい声を出して、バランスを崩して、俺の方へ倒れ込んだ。

 俺は仕方なくルーシィを抱きとめた。


「大丈夫ですか、先生?」


「え、ええ」


 かあっと顔を赤くしたルーシィが俺に抱きついたまま、こちらをちらりと見た。

 ちょっと困ったのは、俺とルーシィが密着状態になっていて、彼女の胸が俺に当たっているということだった。

 見下ろすと、ちょうどドレスから露出したルーシィの胸の谷間が見える。

 ルーシィは困ったように目を伏せた。


「ソ、ソロン。ど、どこを見てるの?」


「何も見てませんよ」


「嘘つき。ホントは変なこと、考えていたでしょう?」


「いや、ルーシィ先生が綺麗だなあって。でも、ちょっとその服は似合ってるけど大胆すぎますね」


「ソロンのばか」


 ルーシィは恥ずかしそうにそう言うと、うつむいたまま、なにか考えていた様子で、それから「そっか。もういいんだよね」と小さくつぶやいた。

 そのままルーシィは自分の身体を使って、俺を壁に押し付けた。

 ルーシィがいたずらっぽく微笑み、俺は動揺した。


「え、えっと、ルーシィ先生?」


「なにか言いたいことでも?」


 とルーシィは俺の耳元に唇を近づけ、ささやくように言った。

 ルーシィの行動のせいで俺と彼女の密着度はより上がっていて、彼女の胸の暖かさと柔らかさを強く意識させられている。

 フィリアとは違うなあと考えながら、頭がくらくらするのを感じた。

 ルーシィが俺に問いかける。


「わたしって、けっこう胸が大きいでしょう」


「そういうこと聞かないでください」


「やっぱり、さっきから私の胸ばっかり見てるんだよね?」


 俺が何も答えられないでいた。

 そうしていたら、ルーシィが俺の頬をそっと指先で撫でた。


「ソロンってば、顔を真っ赤に染めちゃって。可愛いのね」


「誰のせいだと思っているんですか」


「ちょっとここを触ってみる?」


 ルーシィはつんつんと自分の胸を指で示した。

 俺はたぶん、ぎょっとした顔になり、ますます顔を赤くしていたと思う。

 くすくすっとルーシィが笑い、それからようやくルーシィは俺から身体を離した。


「冗談よ。驚いた?」


「驚きましたけど、それより、ルーシィ先生は弟子にはふしだらなことをしないって言ってましたよね?」


 俺は照れ隠しに、なるべく皮肉っぽく言った。

 フィリアと俺に対しては距離をとれと言うのに、ルーシィ自身がこんなことをしていては示しがつかないんじゃないかと思う。

 けれど、ルーシィは満足そうに笑いながら言った。


「あら、これは変なことじゃないわ。私がソロンをからかっただけだもの」


「その理屈は絶対におかしいです」


「それにね、もうあなたは一人前になったんだもの。学校も卒業してるしね。私とあなたは師匠と弟子だけど、でももう互いに魔法使いとしては対等な存在でもあるのよ」


「つまり?」


「私とソロンの関係は、ソロンとフィリアの関係とは違うってこと」


 ルーシィは自信たっぷりといった笑顔で言い切った。

 そして、ルーシィは俺の右手をつかむと、自分の胸の上へと重ねた。俺がルーシィの胸に触れる形になり、その柔らかくて大きい感触にどきりとする。


「る、ルーシィ先生!?」


「やっぱり、冗談じゃなくて触ってみても……いいわ」


 ルーシィは耳まで顔を赤くして、俺を上目遣いに見た。

 俺は慌ててルーシィから手を離そうとするが、ルーシィは俺の腕をつかむ力を強めて抵抗しようとし、その結果、俺の手はあらぬ方向へと動き、ルーシィの胸を撫でるみたいな形になってしまった。


「あっ、んんっ」


 ルーシィがあえぐような声を上げ、俺から目をそらす。


「へ、変な声を出さないでください」


「だって……ソロンが私の胸を揉みしだこうとするから……」


「していません!」


 やっと俺はルーシィの手を振りほどいて、離れることに成功した。


 でも、振り返ると、フィリアが頬を膨らませて俺たちを睨んでいる。

 ルーシィもわざわざフィリアがいる前でなんでこんなことをしなくてもいいのに。

 俺は頭が痛くなった。

 フィリアは完全にすねた様子でルーシィに文句を言った。


「ルーシィは大人げないよ」


「何のことかしら?」


 ルーシィは余裕の笑みを浮かべ、フィリアはそれを睨んだ。

 けれど、フィリアは良いことを思いついたというようにぽんと手を打った。

 両手を広げて、フィリアが明るく言う。


「ルーシィは知らないと思うけど、ここはわたしとソロンの部屋なんだから」


「どういうこと?」


「わたしとソロンは一緒の部屋に住んでるってこと」


 ルーシィは愕然とした表情で、俺とフィリアを見比べた。

 俺は頭を抱えた。

 またルーシィが怒り出しかねない。

 しかも、「未婚の男女が同じ部屋に一緒に住むべきでない」と言われたらそれはそのとおりなのも、困ったところだ。


 面倒なことになる前に俺は言った。


「ルーシィ先生もフィリア様も、そろそろちゃんと準備しないと儀式に遅れますよ。俺はともかく、二人は予定があるんですから」


「ソロンも予定があるよ?」


 フィリアが不思議そうに言う。

 そうだっただろうか。

 俺にはまったく心当たりがない。

 けれど、ルーシィもフィリアの言葉にうなずいている。

 嫌な予感がした。


「ソロンとルーシィは、わたしの従者として儀式に参加するんだから」


 当たり前のことのように、フィリアが言った。

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