第24話 聖騎士クレオンの真の目的

【お知らせ】

下記のとおり、『緑星の賢者 ~幼馴染を寝取られた賢者は、気楽な貴族に転生してハーレムを作ります!~』というハーレムラブコメ書いてます。ショタに転生した主人公が、ルーシィみたいな従姉と同居して甘やかされたり、クラリスみたいなメイドさんに抱きしめられたりする話です。よろしくです!

https://kakuyomu.jp/works/16816452221317116097

【お知らせ終わり】 


 聖ソフィア騎士団の副団長、クレオンは深くため息をついた。

 

 ここは騎士団本部の副団長室。

 壁際の本棚に大量の本が置かれていることを除けば、質素で殺風景な部屋だった。

 

 部屋の様子は前任者、つまりソロンの性格を反映していた。

 クレオンはソロンの言葉を思い出した。

 ソロンに言わせれば、華美な内装など金の無駄で、机と椅子があれば十分なのである。


 その代わり、ソロンは大量の書籍を購入していた。

 各地の遺跡の調査報告、魔族の習性についての事典といったものは、当然、遺跡の冒険の役に立つ。


 しかし、それだけではなく、医学や薬学の専門書、帝国法の解説書、帝国各地方の民俗文化風習の読み物、あと料理のレシピなどもある。

 何の役に立つのか、とクレオンは最初は疑問に思っていたが、ソロンは笑って言った。


「すべて役に立つよ。間違いない」


 そして、ソロンの言うとおりだった。

 

 回復魔法では直せない傷の応急手当には医学薬学の知識が必要だった。

 各地で遺跡探索の許可をとるときの役人との交渉や、人を雇用したり財宝を売るときの契約に、法律書は役に立った。


 帝国は広いから、帝都周辺と辺境の慣習が違い、その慣習を知らなければ現地の人々の協力を得ることは難しい場面もあった。


 ソロンは本で得た知識をもとに、あらゆる雑務をそつなくこなしていた。

 あいつは本当に器用だったんだ、とクレオンは思う。


 けれど、ソロンには天賦の才や抜群の力というものがなかった。

 冒険者や魔術師、英雄といったものには向かないやつだった、とクレオンは思っている。

 ソロンは企業家か、そうでなければ人を導く牧師というのがふさわしい。


 今でもクレオンは、ソロンと初めて会った日のことを鮮明に思い出せる。

 魔法学校の一年生だったときのことだ。

 クレオンは十二歳で、標準入学年齢より遅れて入学してきたソロンは二つ年上だった。


 当時のクレオンは家柄こそ良かったけれど、気弱で、何の力もなかった。そして、いつも同級生にいじめられていた。

 

 その日も殴られ、蹴られ蔑まれていたクレオンの前に、ソロンは現れた。

 目立たない、地味な感じの少年だったが、彼には不思議な迫力があった。

 ソロンがなにか短く口にすると、クレオンに暴力をふるっていたやつらは顔を青くして逃げていった。

 ソロンはクレオンに手を差し伸べた。


「いったいどんな魔法を使ったの?」


 とクレオンが聞くと、ソロンは微笑した。


「魔法じゃない。ただの交渉だよ。人間は誰しも弱みがある。まあ、魔法って意味では、俺は君ほどの才能はないさ」


「僕に才能がある?」


「そうだよ。俺には人を見る目があるからね」


「僕に才能なんてないよ」


「いいや、単に君は要領が悪いだけさ。なんなら、クレオン君は帝国最強の聖騎士にだってなれる」


 ソロンは冗談めかして言った。

 このとき、ソロンがどれほど本気で言っていたのかはわからない。

 けれど、クレオンはその言葉に答えた。


「僕がもし、本当に帝国最強の騎士になれるっていうのなら、君は何になるの?」


「俺は魔法剣士ってとこかな。聖騎士様や聖女様を助けて戦う英雄さ」


 ソロンはくすりと笑った。


 その日から、クレオンはずっとソロンの後ろをついて回るようになった。

 年上だったということもあり、ソロンは頼りになった。

 彼のそばにいればいじめられることもなくなったし、それにいろいろなことを教えてもらった。


 勉強の方法も、効率の良い魔術の使い方も、人との接し方も、ソロンがクレオンに教えてくれたことだった。

 ソロンは、自分よりクレオンのほうが才能があると言った。

 けれど、クレオンは自分がソロンを超える日なんて想像することもできなかった。

 ソロンへの依存心と彼への強い劣等感が、学校時代のクレオンの心の大きな部分を占めていた。


 けれど、今は違う。

 いま、ソロンがいなくなったこの部屋を見て、クレオンの心にあるのは暗い喜びだった。

 

 ついに自分はソロンを超えたのかもしれない。

 少なくとも、ソロンの後ろをついて回る気弱な少年は、もうどこにもいない。 

 いまや、クレオンは本当に帝国最強の聖騎士になったのだ。

 ソロンの預言のとおりに。


 そうなってしまえば、クレオンにとって、ソロンの存在は煙たくなってきた。

 いつまでもソロンが自分の兄であるかのように振る舞うのが我慢ならなかった。

 そして、聖女ソフィアがクレオンよりもソロンに好意を持っていることは明らかだったし、そのこともクレオンのプライドを傷つけた。


 ただ、だからといって、クレオンはソロンに対する敵愾心だけで彼を追い出したわけではなかった。

 本来であれば、ソロンを追い出すのは上策とは言えない。

 ソロンにはまだ使いみちがあった。

 なにせ彼は器用なのだから。彼がいなくなれば、あらゆる雑務が滞り、面倒が起きるのわかっていた。

 ソロンに事務局長のような役割を与えてもよかった。人の好いソロンなら、冒険者をやめて事務員になることに甘んじただろう。

 

 そう。

 クレオンが頼めば、ソロンは断らなかっただろう。ソロンはいつだってクレオンのことを心配してくれていたのだから。

 ちくり、と罪悪感が胸をよぎったが、クレオンはそれを忘れようと努めた。


 ソロンを追い出した最大の理由は、彼さえいなければ、クレオンが騎士団の主導権を握れるからだ。

 自分の目的のために、騎士団を使うことが可能になる。

 

 ソロンのような勘のいい人間なら、クレオンの真の目的にいずれ気づいただろう。

 そして、それに気づけば、ソロンがクレオンに激しく反対したに違いない。

 だから、そうなる前にソロンを追放する必要があった。


 クレオンは独り思う。

 誰もクレオンのことを弱いということはなくなった。

 それどころか、いまやクレオンに心酔する団員が無数にいる。

 しかし、クレオンの心は満たされない。


 彼のそばに一人の少女がいないからだ。

 クレオンが最強の騎士などではなかった頃、「弱くてもいい」と言ってくれた少女。彼女は優しいクレオンのことが好きだと言った。


 そして、彼女は死んでしまった。


「シア」


 クレオンはかつて失った仲間の少女の名前をつぶやいた。


 死者は蘇らないという苦い真理を、ソロンとクレオンは共有していた。

 しかし、ソロンと違って、クレオンはその真理を受け入れられなかった。


 この世界には魔法がある。どうして死者を蘇らせる魔法が存在しないと言えるだろうか。

 クレオンの目的は……シアを蘇らせることだった。


 また、シアをこの手で抱きしめられるなら……どんな犠牲でも払うだろう。


 ノックの音がした。


「入ってくれ」


 クレオンが言うと、副団長室の扉が開き、三人の団員が現れた。

 先頭に立つのは召喚士ノタラス。

 癖の強い騎士団幹部のなかでも食わせ者だ。


「我が輩になにか御用ですかな。我々の新たな副団長殿」


「その呼び方は嫌味だな。君がソロンを呼び戻そうとしているのは知っている」

 

「その件での呼び出しということで?」


 ノタラスは丸眼鏡を押し上げ、見定めるようにこちらを見た。

 クレオンは首を横に振った。


「いや、団員の内心にまでは干渉しない。それより、ノタラス。君は有能だな」


「我が輩なんぞ、おだててどうするんです?」


「君は苦学して士官学校を卒業した元軍人だったな。僕ら団員のなかでは珍しい経歴だ。正直、アルテなんかより、よほど君のほうが世間を知っているし、副団長代理にふさわしいと思っているよ」


「ほう」


 ノタラスが満更でもなさそうに笑みを浮かべた。

 彼はアルテと個人的確執があるのだ。

 そのアルテより有能だと言われれば、ノタラスも悪い気がしないだろう。


 団員同士の事情も把握しておくことが、副団長には求められていた。

 クレオンは微笑んだ。


「君に頼みたいことがある。さる人物を帝都から連れ戻してほしい。力づくでもかまわない」


「女にでも逃げられましたか?」


 ノタラスが叩いた軽口に、クレオンはうなずいた。

 

「そのとおり。君に連れ戻してもらいたいのは、聖女ソフィア。僕の婚約者にして、僕たちの団長だ」

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