第三章 ソロンと少女たちの同居生活

第32話 クラリスたちを守るための最良の手段

 その日の夜、俺はクラリスと今後のことを相談していた。


 七月党襲撃事件によって皇宮はあちこちがボロボロになっていて、フィリアと俺の部屋も半分ぐらいが爆風によって壊されている。


 なので、フィリアとソフィアはとりあえず客室で待っててもらい、俺とクラリスは使用人居住エリアの廊下で立ち話をしている。


 ちなみにルーシィはなにやら帝国高官に呼び出されたらしく、姿を消した。


 幸い、クラリスは七月党襲撃事件のときは外出する予定があり、皇宮を離れていた。

 なので、クラリス自身はいっさい事件に巻き込まれていない。

 けれど、知り合いのメイドの何人かが行方不明らしく、クラリスは落ち込んでいた。


「皇宮は神聖不可侵の場所で、この帝国で一番、安全なんだって、あたしは信じていました」


 クラリスはつぶやいた。


 もはや皇宮は安全な場所だとは言えない。

 七月党をはじめとする過激派による襲撃は相次いでいるし、この前だって義人連合によるフィリアの誘拐未遂があった。


 帝国の威信は間違いなく揺らいでいる。

 それは俺たちの今後にも関わってくる問題だった。


 俺はクラリスに経緯を説明して、ソフィアの部屋を用意できるか確認していた。

 フィリアの従者となった以上、ソフィアにもここに住んでもらうのが自然だ。

 

 ただ、クラリスは上位の女官にお伺いを立てて戻ってきたけれど、結果は芳しくないものだったようだ。


「ソフィア様の部屋なんですけど、やっぱり用意できなさそうです」


 クラリスは残念そうに言った。

 当然といえば当然で、かなりの部分が破壊された皇宮に、新たに人を迎え入れる余裕など無い。


 混乱は続いていて、ソフィアどころか、フィリアと俺の新しい部屋すらすぐには用意できなさそうだった。


 さらに、フィリアは母親の問題もあり、皇女のなかでもあまり格が高い方ではないし、その希望がすんなり通るとは限らない。


 加えて、ソフィアの父、ゴルギアス侯爵の圧力もあるかもしれない。


 公の場では皇女に楯突くことができなくても、裏から政治的な力を使って、ソフィアがフィリアの従者となることを妨害はできる。

 ゴルギアス侯爵は政治力も資金力もある有力貴族だ。実質的な権力でいえば、皇女フィリアよりもはるかに上を行く。

 

 ソフィアが騎士団をやめるためには、まだまだ問題が山積みだということだ。

 

 さしあたってはソフィアの住居をなんとかしなければならない。

 ソフィアが騎士団に連れ戻されないようにするなら、ソフィアが皇女フィリアのそばにいることは絶対に必要だ。

 

 俺は額に手を当てた。


「うーん。例えば、俺とフィリア様の部屋にソフィアも住んでもらうとか……」


「却下です、却下。美少女二人はべらせて、ソロン様はハーレムでも作るつもりなんですか?」


「いや、そんなつもりはないけど……」


 まあそもそも二人用の部屋では狭すぎる。

 それに政治的な圧力がかかればソフィアが皇宮に留まること自体、拒絶されるかもしれない。

 クラリスはにやりと笑った。


「ちなみにソロン様。フィリア様とソフィア様の二人の美少女の他に、三人目の美少女がいることを忘れないでくださいね」


「三人目って?」


「あたしのことに決まっているじゃないですか!」


「ええ……?」


 自分で美少女だなんて言う?という意味のつぶやきだったのだけれど、クラリスは別の意味に受け取ったらしい。

 クラリスはちょっとしょんぼりした表情をした。


「あ、ひどいです……。あたしが美少女ではないっていうんですね?」


「いや、べつに、クラリスさんは可愛いと思うけど……」


 俺が慌てて補足した。

 クラリスがけっこう可愛いと思うのは本心だ。

 俺の言葉を聞いて、クラリスは表情を明るくし、そして、くすりと笑う。


「ホントにあたしのこと、可愛いって思ってます?」


「本当にそう思ってるよ」


「なら、もっと具体的に言葉にしてみてください」


 ソフィアの部屋のことを相談しに来て、なんで俺はクラリスの可愛さを褒め称えることになっているんだろう?

 疑問に思ったが、深く考えても仕方ないのでやめにした。

 

 俺はクラリスを上から下まで眺めた。

 こちらの視線に気づいたのか、クラリスが赤面する。


「ソロン様、あたしのこと、いやらしい目で見てますね?」


「そんな目で見てないよ……。でも、クラリスさんはいつも元気いっぱいで、表情も豊かだし、見ていて楽しいよ。それに親切で優しいよね」


「さすがソロン様! よくわかっていますね! でも見た目も褒めてください!」


 俺はクラリスをもう一度見た。

 たしかにクラリスは美少女だ。


 フィリアやソフィアほど目立たないけれど、顔立ちも整っている。かなり小柄だけど、そこも守ってあげたくなるような可愛らしい雰囲気を出していた。

 それに。


「その亜麻色の髪、とても綺麗だと思う」


 俺が言うと、クラリスはえへへと笑った。

 フィリアも綺麗だと言っていたけど、クラリスにとっても自慢の髪なんだろう。

 クラリスは嬉しそうな表情を浮かべたまま、俺に一歩近づいた。


「ねえ、ソロン様。わたしの髪、撫でてください」


「へ?」


「ソロン様はわたしの髪のこと、綺麗だと思うんですよね。撫でてみたいと、思いませんか?」


 クラリスが甘えるように俺に問いかける。

 話の流れからして、「特に興味ないよ」とは答えづらい。

 

 それに俺もクラリスに親しみを持っているし、別に何も悪いことをするわけじゃない。

 俺は周りに誰もいないことを確認すると、そっとクラリスの頭に手を置き、そっとその髪を撫でた。

 クラリスはうつむき加減になって、されるがままになっていた。


「ソロン様の手、大っきくて気持ち良いです」


「それは何より」


「ソロン様、照れてます?」


「照れてるのはそっちだよね?」


 クラリスはますます頬を赤くしていたし、俺もたぶん赤面していたはずだ。

 

「あたしは照れていないです。でも、胸を揉まれたりしたら恥ずかしいかもですけど」


「……そんなことしないよ」


「フィリア様から、ソロン様がルーシィ先生の胸を揉みしだいたって聞きました」


「そ、それは誤解で……」


「冗談です。あたしは……髪を撫でていただければ、十分ですから」


 そして、クラリスはくすっと笑い、赤い顔のまま、俺を見つめた。


 山賊に襲われたときも、義人連合の誘拐のときも、俺はクラリスを助けることができた。

 でも、この先も皇宮やフィリアは襲われる可能性があって、そのときクラリスが巻き込まれてひどい目にあうかもしれない。

 

 この皇宮は広いし、いつも俺がクラリスの側にいるわけではないからだ。


「あたし、不安なんです。二度も怖い目にあいましたし、今度は皇宮がこんなふうになっちゃいました」


 クラリスは俺に頭を撫でられたまま、ぎゅっと俺の身体にしがみついた。

 死の危険は遺跡のなかだけにあるわけじゃない。

 クラリスが不安に思うのも当然だ。

 上目遣いに、クラリスが俺を見る。


「ソロン様はあたしのことを、それにフィリア様のことを、この先も守ってくれますか?」


「二人が危険な目にあっていたら、俺は力の限りを尽くして助けるよ」


 絶対に守る、とは言えない。

 いつ何が起きるかはわからないし、敵がどんな存在かもわからない。

 だから、俺がフィリアやクラリスを必ず救い出せるなんて、約束はできない。


 でも、最善は尽くすつもりだ。

 フィリア、クラリス、それにソフィアを守るために、最も良い手段はなにか。


「クラリスさんはさ、皇宮の外で暮らすのは嫌かな?」


「どういうことですか? ソロン様と一緒の家にでも住みます?」


 クラリスが冗談めかして言った。

 けれど、これは冗談じゃない。

 俺はうなずいた。


「そのとおり。俺と一緒の家に住んでほしい」


 クラリスは驚いた顔をして、それから慌てふためいた。

 

「ぷ、プロポーズですか?」


「ごめん。そういう意味じゃなくて」


 俺は失言に気づいて、補足したけれど、クラリスの耳には届いていないようだった。

 クラリスは目をくるくるさせていた。


「う、嬉しいですけど、で、でも、フィリア様を置いていくわけにはいかないです」


「なら、フィリア様も連れて行くのだとすれば?」


「へ?」


 クラリスが固まった。

 直面している住居問題を解決し、かつフィリアたちを守る最良の手段を、俺は述べた。


「フィリア様、ソフィア、クラリスさん、そして俺。この四人で一緒に、俺の屋敷に住むんだよ」

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