第33話 ソロンとクラリスの娘?
クラリスは俺の言葉を理解できないといった感じで、なおしばらく固まっていた。
まあ、たしかに意外だとは思う。
皇女フィリアを皇宮から連れ出し、平民である俺の屋敷に住まわせる。
普通なら、非常識な手段だ。
けれど、今はこれが一番、効果的な方法だ。
「もちろん、実現可能性もちゃんとあるよ」
俺が念のため言ってから、しばらく待っていると、クラリスは硬直状態から抜け出して、そして信じられないという顔で言った。
「そ、ソロン様のお屋敷!? ソロン様って帝都におうちを持っていたんですか!?」
「気にするところがそこ?」
「だ、だって、ソロン様って辺境の公爵領出身なんですよね。学校時代は帝都にいたけど寮生活で、騎士団の本部は東方の港都にあります。帝都にお屋敷なんてありそうもないって思っちゃいますよ」
「まあ、うん、そのとおり。俺の屋敷なんてないよ」
「え? でも、さっき『フィリアもソフィアもクラリスも、三人まとめて俺の女にして可愛がってやるから、俺の屋敷に住め!』って言ってたじゃないですか」
「そんなこと言ってないよ……。クラリスさんのなかの俺のイメージって、そんな鬼畜な感じなわけ?」
「冗談ですよ。あたしの知っているソロン様は、とっても優しい方です」
そう言うと、クラリスは柔らかく微笑んだ。
不意打ちでそんなふうに言われると、照れるのだけれど。
案の定、クラリスは俺をからかってきた。
「ソロン様、照れてます?」
「クラリスさんのせいでね」
「あたしのせいでソロン様が照れるって、ちょっと嬉しいですね」
「嬉しい? なんで?」
「わからないんならいいんです。……っと、そうでした。本題はソロン様のお屋敷の件です。危うく別の話題で誤魔化されるところでした」
「いや、クラリスさんが冗談で話をそらしたんだよ」
俺のささやかな抗議にかまわず、クラリスは俺に問いかけた。
「それで、なんで帝都にお屋敷なんてないのに、『三人まとめて俺の女にして可愛がってやる!』なんて言ったんですか?」
「言ってないから! ……えっと、俺は三人に同じ屋敷に住んでほしいとは言った。なぜなら、ソフィアは皇宮に住めない可能性が高いからね。さらに、皇宮のなかにはフィリア様の敵がいっぱいで、しかも、いつ過激派の襲撃対象になるかわからない。それなら、皇宮の外に出ればいい」
「それで住むのがソロン様のお屋敷ってことですか?」
「そのとおり。こちらには聖女ソフィアがいるし、魔術結界を厳重に貼っておけば、そう簡単に敵ははいってこれない。少なくとも、衛兵隊よりはずっと当てになる」
細かい問題は多々あれど、これが最善の方法だ。
フィリアのそばにいれば、ソフィアは皇女の従者という身分で、自由に行動できる。
逆にフィリアを守る際は、ソフィアの力を借りればいい。
なにせソフィアは聖ソフィア騎士団最強の冒険者だ。これほど心強い存在はいない。
そして、皇女フィリアの専属メイドのクラリス。フィリアにとって、彼女はなくてはならない存在だ。
そして、三人の護衛として俺がいる。フィリアとクラリスは戦闘面では無力だ。
ソフィアにしても、絶大な力を持っているとはいっても完璧というわけじゃない。
ソフィアは攻撃魔法と回復魔術に特化した聖女だ。
それ以外の面、特に防御面では、俺も多少はソフィアの役に立つことができる。
騎士団の団員のなかには、ソフィアにとってもっと頼りになる補佐役がいるとは思うけれど。
例えば、聖騎士クレオンだ。
でも、ソフィアは望んで騎士団を出た。ここには俺しかいないのだから、俺とソフィアが組んで戦うことになる。
客観的に見れば、聖ソフィア騎士団の元団長ソフィアと元副団長ソロンのコンビに勝てる冒険者はあまりいないはずだ。
「でも、問題はそのお屋敷ですよ。存在しないお屋敷に住むことはできません」
「クラリスさんの言う通り、いまは俺の屋敷なんて帝都にはないよ。でも、それなら用意すればいいと思わない?」
「家を買うんですか? ……そんなお金、フィリア様には出せませんよ。ソロン様の給料を払うだけで精一杯なんですから」
「たしかに金はかかるね。それに、皇宮を出れば、フィリア様に割り当てられている皇室予算だって、削られるかもしれない」
外に出た人間に皇室費を払う理由はない。
財政難の帝室は、喜んでフィリアから皇室費の支給を減らすだろう。
ただでさえ、皇女は大勢いるし、合計するとかなりの額の予算が使われている。
逆に言えば、皇室費支給減額と引き換えに、帝室と政府はフィリアが皇宮の外で暮らすのを喜んで認めるはずだ。
皇宮の崩壊もあって、皇子や皇女の一部は母方の実家である貴族屋敷に避難するだろうし、そういう意味でも、皇族の皇宮からの離脱も珍しくなくなるだろう。
問題として残るのは、やはり金の問題だった。
俺は言った。
「べつに資金面でフィリア様を頼るつもりはないよ」
「じゃあ、どうするんです? ソロン様があたしたち三人の住む家を買ってくれるんですか?」
くすくすっと笑い、クラリスが冗談めかして言った。
俺は笑わずにうなずいた。
「そういうことになる。屋敷は俺が個人的に購入するよ」
「ホントですか? で、でも、すごい金額のお金ですよ」
「冒険者はね、普通にやっていても儲かるけれど、うまくやればもっと儲かる。例えば、財宝を売りさばく商人を自分の傘下におけば、そこから上がる利益も手にすることができる」
「つまり、ソロン様もそうしてお金を手に入れてきたってことですか?」
「そのとおり。だから、帝都に屋敷を買うぐらいは、なんてことはないよ」
帝国最強の冒険者集団の副団長という地位がもたらす富はかなりのものだった。
大豪邸を買うということでないかぎり、俺の財産総額からすれば、屋敷の購入なんて、本当に大したことじゃない。
フィリアたちの問題を抜きにしても、帝都で暮らし続けるつもりなら、屋敷の一つを持っておいても損じゃないということもある。
本当ならソフィアもかなりの財産を持っているはずだけど、ソフィアは騎士団に財産を預けているし、正式に脱退せずに騎士団を抜けてきた事情を考えると、その財産をどれだけ確保できるかは怪しかった。
クラリスが感心したようにつぶやいた。
「さすがソロン様。ホントにハーレム作れちゃいますね」
「作らないけどさ、肝心なことを聞き忘れていた。クラリスさんはさ、本当にそれでいい? 俺の提案に賛成してくれるかな。クラリスさんは、この皇宮に残ることだってできるんだよ」
「あたしが反対すると思います? あたしはソロン様が最善だと思っていて、それがフィリア様のためになるなら、大賛成ですよ。皇宮にいるのも不安ですし、ソロン様のそばなら安心できますから」
そう言うと、クラリスは上目遣いに俺を見た。
「わかっていると思いますけど、私のことはメイドとして雇ってくださいね?」
「もちろん。メイドとしてのクラリスさんを、俺もフィリア様も必要としているからね」
「はい! あ、でも、一つだけ言いたいことがあります」
そう言うと、クラリスはいたずらっぽく瞳を輝かせると、俺の耳元でささやいた。
「本当にプロポーズしてくれるなら、それでもいいんですよ」
「さっきは誤解させるような言い方をして悪かったよ」
「女の子をたぶらかすソロン様にお仕置きです。……あたしをハグしてください」
「え?」
「ソロン様からの勘違いさせたお詫びということで」
クラリスは両手を広げ、そして、期待するように俺を見つめた。俺はちょっとためらってから、クラリスに一歩近づいた。
びくっと震えたクラリスを、俺はそのまま抱きしめる。クラリスは17歳だけど、同い年のソフィアよりずっと小柄だ、
俺の腕のなかにすっぽりと収まる。
それでも、クラリスがぎゅっと俺にしがみつくと、その胸が、俺の体に当たる。小さいけれど、その柔らかい感触に俺は赤面した。
「あたしとソロン様が結婚したら、フィリア様はあたしたちの娘みたいな感じですね」
一瞬、こないだフィリアとやった父と娘ごっこのことを、クラリスが知っているのかと考えたけれど、そんなわけはない。
クラリスは顔を赤くして、続けた。
「きっと幸せな家庭になります。フィリア様は可愛いですし!」
「そういう問題?」
「ソフィア様は、そうですね、ソロン様の妹でしょうか。これで四人家族の出来上がりです! ね、あなた♪」
一瞬、俺のことを「ソロンお父さん」と呼ぶフィリアと、「ソロンお兄ちゃん」と呼ぶソフィアが頭に浮かぶ。
俺は妄想を振り払おうと、首を横に振った。
クラリスは俺の腕の中で、楽しそうにくすくすっと笑った。
そして、弾んだ声でクラリスが言う。
「冗談ですよ」
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