第7話 皇女はソロンのために紅茶を淹れる

 メイド服のままの皇女フィリア殿下は、ぽんと手を打った。


「着替えてこなくちゃ」


「そういえば、侍女の方とかはいないのですか?」


 普通に考えれば、皇女に仕える本物のメイドがどこかにいるはずだ。


「一人だけ、いるんだけどね」


「少ないですね」


 俺は反射的に答えて後悔した。

 失礼な言い方じゃなかっただろうか。

 

 使用人がほとんどいないのは、フィリア殿下が冷遇されている証拠だ。それを口に出して指摘するのは、皇女の気分を害してもおかしくない。

 けれど、皇女は愉しそうに微笑んだ。


「そう。少ないの。あ、わたしがお茶を淹れてあげようか? せっかくメイド服も着ているし」


「で、できるんですか……?」


 そういうのは使用人がやることで、皇女ともあろうお方ならペンより重いものは持ったことはなく、まったく生活能力もないと思っていた。

 実際、俺の父が使用人をしていた屋敷では、公爵令嬢は本当に何もできなかった。

 フィリア殿下は頬を膨らませた。


「子ども扱いしないでほしいな。そんなことぐらい簡単にできるんだから」


「い、いえ。私が淹れますから」


「ほら、できないと思っている」


 フィリア殿下は水を片手鍋に入れると、パチンと指を鳴らした。

 途端に水が湯へと変わり、沸騰する。

 大したものだ、と俺は感心した。

 殿下は火魔法を使いこなして、それを日常生活に役立てている。

 いったい誰に教わったんだろう?


 殿下は歌うように言った。


「美味しい紅茶を淹れるなら、しっかり水を沸騰させること!」


 それから皇女殿下はてきぱきとポットを温めて、茶葉を入れて蒸らし始めた。

 砂時計で三分経つまで待たないと、美味しい紅茶は飲めない。

 俺とフィリア殿下は座って待った。

 皇女にお茶を淹れさせてしまったけれど、良かったんだろうか?

 いや、良いはずがない。

 主にお茶を用意させる使用人がいたら、クビだと思う。


「気にしなくていいんだよ」


 皇女は俺の内心を見透かしたように言った。


「わたしが好きでやっていることなんだから」


「ですが……」


「わたしはね、こうして誰かに何かをしてあげられることが嬉しいの。たとえちっぽけなことでも、誰かの役に立てるって素敵なことだと思わない?」


「そう、ですね。そう思って私は冒険者をやっていました」


 俺が小声でつぶやくと、フィリア殿下は嬉しそうに微笑んだ。


「ソロンにはわたしと違って力があるもの。魔法剣士として、自分で自分の道を切り開いて、人を救う力がある」

 

 そうだろうか。いつだって俺は力不足で、そのことを後悔してきた。

 騎士団を追い出されたことも、かつて仲間の少女が死んでしまったことも、その他の無数の失敗も。

 どれも俺が無力なせいで起きたことだ。

 俺の内心とは無関係に、フィリア殿下が弾んだ声で言う。


「紅茶、入ったよ?」


 皇女フィリアの淹れた紅茶はたしかに美味しかった。

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