第6話 皇女フィリア
目の前の少女はメイドの振りをしていたけれど、本当は皇女なんだという。
理解した俺は顔がさあっと青ざめていくのを感じた。
洗練された振る舞い。銀色の髪が特徴的な驚くほど美しい容姿。それに不自然なほどの明るさ。
たしかにこの少女はメイドではなく、高貴な身分だと思ったほうが自然だ。
少女は慣れた様子で、広い部屋の奥へと進み、そこにある赤い豪華な椅子に腰掛けた。
俺は慌てて部屋のなかに入り、少女の前にひざまずいた。
「どうしたの?」
「……殿下。どうかさきほどまでのご無礼をお許しください」
俺はかすれた声で言った。
「無礼? ソロンは何も失礼なことはしていないよ?」
「しかし、皇女殿下と知らず、目下に対するような態度で話してしまいました」
「わたしが『メイドのリア』だって名乗ったからでしょ? なら、ソロンの責任じゃないよね?」
「そうはおっしゃいますが……」
「ごめんね。困らせちゃったかな?」
申し訳なさそうに、フィリア殿下が上目遣いでこちらを見ている。
俺は深呼吸した。
皇女殿下が怒っているわけじゃない。誰かに見られているわけでもない。
なら、不敬罪になるとか、深刻に考えなくてもいいはずだ。
俺は首を横に振った。
「困ってはいません。少し驚いただけです。でも、どうしてこんな嘘をついたんですか?」
「あなたがどんな人か知りたかったの。わたしは皇女だから、みんな緊張しちゃうし、本音では喋ってくれないし」
「でも、メイドに変装すれば、相手の本当の姿を知ることができるというわけですね?」
フィリア殿下は小さくうなずいた。
無邪気に見えて、いろいろ考えている子なんだな、と思う。
嘘をつかれたのもそれほど怒る気にはならなかった。皇族には皇族なりの事情があるのだろう。
……まあ、胸元をはだけたり、下着を見せたり、というのは少しどうかなと思わなくもないけれど。それも俺の人柄を見るためだったのだろう。
フィリアは頬を赤くして、恥ずかしそうな笑みを浮かべた。
「男の人と話すことも全然ないし、少しやりすぎちゃったかも。あんなこと、ソロン以外にしたりしないんだからね?」
あのとき、俺がうなずいていれば、間違いなくフィリアに不信感を持たれていただろう。ともかく、そんなことはしなかったわけだが、さて、実際、俺はどう思われたのか。
俺は、皇女殿下に尋ねることにした。
「それで、私がどんな人か分かりましたか?」
「優しくて謙虚な人だなって思った。すごく強いのに、偉そうにしないんだね。知り合ったばかりのメイドのお願いも、聞いちゃうんだ」
ぴょんっと、飛び跳ねるようにフィリア殿下がこちらに身を寄せる。
フィリア殿下は瞳をきらきらと輝かせ、俺をまっすぐに見つめている。
「わたしがソロンのことを英雄だって思っているのは本当だし、会えて嬉しいって思ってるのも本当だよ?」
「私はそれほど立派な人物ではございません。しかし、殿下にそう仰っていただけるのは身に余る光栄です」
「そんなに固くならなくていいのに。もっと普通に喋ってくれていいよ。『メイドのリア』と話すときみたいに」
「しかし……」
「これからソロンはわたしの師匠になるんだから。『メイドのリア』との約束、守ってくれるよね?」
「皇女殿下のご命令とあらば喜んで。そもそも私は殿下の家庭教師となるべく、この場に参上しているのですから」
そう言うと、なぜかフィリア殿下は少し不満そうな顔をした。なにか機嫌を損ねるようなことを言ったかな。
しかし、すぐに殿下は明るい笑顔に戻った。
「よろしくね。ソロン。あなたに教えてもらえること、楽しみにしているから」
フィリア殿下は綺麗な手を俺に差し伸べた。
握手しよう、ということみたいだ。
俺は一瞬ためらってから、右手を差しだして、握手に応えた。
「殿下のご期待に添えれば良いのですが」
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