第46話 女賢者アルテは裏切り者を粛清する

 俺の屋敷の庭に、聖ソフィア騎士団の幹部たちが立っている。

 賢者アルテ。双剣士カレリア。そして、アルテの双子の妹である占星術師フローラの三人だ。


 三人の少女の周りを数名の一般騎士団員が固めている。

 

 アルテの男嫌いを反映してか、全員が女性だった。


 それにしても、どうしてここにアルテがここにいるのか。


「わざわざアルテは俺に会いに来てくれたのかな」


 俺はあえて軽口を叩いて、反応を見てみた。

 アルテは信じられないといった感じで、蔑むように俺を見た。


「あたしの名前を気安く呼ばないでください! そんなわけないでしょう。あたしはソフィア様をお連れするためにこんなところに来たんですから」


 変だ。

 死都ネクロポリス攻略の準備のためにアルテたちが帝都に来ているとは聞いていた。


 ただ、聖女ソフィアを連れ戻す任務は、クレオンからノタラスが一任されていたそうだし、重ねてアルテが帝都郊外までやってくるのは筋が通らない。


 まあ、アルテは聖女ソフィアに思い入れがあるようだし、彼女が一人でやってくるなら、まだ理解できなくはない。


 けれど、その隣にいる双剣士の少女カレリアはクレオンの側近だ。


 カレリアは剣士らしい、鍛え抜かれたしなやかな体つきの美しい少女だった。

 剣技に差し支えないように、茶色の髪はさっぱりと短く整えられている。


 そのカレリアはクレオンの命令なら何でも聞くというぐらい、クレオンに心酔していた。

 クレオンが気づいているのかどうかは知らないけれど、カレリアはクレオンに異性としても好意を持っているのだと思う。


 そんなカレリアがここにいるということは、クレオンの意向を反映している可能性が高い。


 そして、アルテはその美しい顔に嘲りの色を浮かべた。


「あたしがここに来た理由はもうひとつあります。裏切り者の粛清です」


 アルテのいう裏切り者が誰のことか。

 当てはまるのは、この場に一人しかいない。


 俺はノタラスをちらりと見た。


 地面に膝をついたまま、ノタラスがつぶやいた。


「ソロン殿。申し訳ない。計画はすべて漏れていました」


 聖女ソフィアと俺を騎士団に呼び戻し、幹部を説得して賢者アルテたちを失脚させる。

 そして、無謀な死都ネクロポリス攻略を止めさせる、というのがノタラスの計画だった。


 しかし、それはすべてアルテたちに事前に察知されていたらしい。


 アルテはゆっくりとノタラスに歩み寄った。


「幹部会ではよくもあたしのことをバカにしてくれたわね。お返しよ」


 そう言うと、アルテはすばやくノタラスの腹を蹴り上げた。

 ぐふっ、とノタラスが痛みにうめく。


「あんたがソロン先輩を呼び戻すつもりだったことは、あたしたちみんなが知っていた。なのに、何の警戒もせず、あんたを放置していると思う?」


 アルテはノタラスの肩のあたりから、何か針のようなものを抜いた。

 それを指でつまみ、アルテは言う。


「これはあたしの魔装具の一つ。これを刺された相手の行動も会話も、なんでもあたしにお見通しってわけ」


 つまり、俺とノタラスの会話はすべてアルテに盗聴されていたということだ。

 まずい。


 アルテは憎悪のこもった瞳を俺に向けた。


「騎士団にいたころは足手まとい。騎士団をやめた後もあたしたちの邪魔をしようとする。そんな先輩はいったい何様のつもりなんですか?」


「アルテ。ネクロポリス攻略なんてやめたほうがいいよ。成功しても失敗しても大きな犠牲を払うことになる。君自身のためにもならない。きっと酷い目にあう」


「ネクロポリス攻略は成功しますし、そして、あたしたちは名誉と栄光を手に入れられます。帝都の人たちだって、そこから得られる資源で楽して生活できるようになるんですから!」


「俺はそうは思わない」


「先輩はまだ副団長気分なんですね? 残念ですが、騎士団はもう先輩のものではありません。先輩の忠告なんて何の役にも立ちません」


「副団長なんかでなくても、最強の冒険者なんかでなくても、何が正しくて、何が正しくないかの判断ぐらいつくよ。例えば、仲間に無意味な暴力を振るうべきでないのは、当然のことだ」


「仲間? ノタラスが仲間ですって? あたしたちを裏切ろうとしたこの男が仲間なわけないじゃないですか」


 そう言うと、アルテはノタラスの背中に杖を勢いよく振りおろした。

 ノタラスがふたたび激痛に苦しむ声を上げた。


 助けてやりたいが、うかつに動けばそのまま戦闘に突入だ。

 状況はこちらに有利とは到底言えず、複数の騎士団員たちを相手に俺一人で勝てる見込みは低い。


「ねえ、カレリア。裏切り者がどうなるか、先輩たちに見せてあげて」


 それまでずっと黙っていた双剣士カレリアが、大きな黒色の木箱を魔法でこちらへと滑らした。


 そのカレリアの表情は不自然に引きつっていた。


 俺は木箱を開ける前に、隣にいるフィリアに目をつぶっているように言った。

 これから見るものを、フィリアには見せないほうが良さそうな気がした。


 フィリアが怯えたようにうなずき、目を閉じたのを確認した後、俺は木箱を開けた。

 そこには、瀕死の状態の騎士団幹部の女性、機工士ライレンレミリアが詰められていた。


「ライレンレミリアはね、先輩の復帰に賛成していたし、それにあたしのネクロポリス攻略にも反対でした。だから、ノタラスの計画に参加するつもりだったらしいですよ。拷問したら、簡単に吐いてくれました」


 騎士団にいたころ、ライレンレミリアは異国の踊り子風の高価な衣装をつけていて、よく周りにその服を自慢していた。

 

 その自慢の衣服はぼろぼろに引き裂かれ、ライレンレミリアはほとんど裸の状態だった。

 美しい顔には大きな傷がつけられ、手足は折られ、不自然な方向に曲げられていた。


 全身の至るところから血が流れ、木箱のなかには血溜まりができている。


 俺はしばらく何も言えず、ようやく言葉を発したときに、自分の声がかすれていることに気づいた。


「ど、どうしてこんなことを……」


「あたしたち騎士団を裏切ったのだから、当然でしょう? いつも男に媚び売っているみたいな格好をしていたから、たっぷり男の相手もさせてあげましたよ? そうしたら、泣いて男たちに許しを求めて……情けなかったですね」


 俺は怒りが沸騰しそうになったが、それよりも急がないといけないことがある。


「早く治療しないと……」


「手遅れになるでしょうね。いえ、今でも普通の治療方法では手遅れかもしれません」


「ライレンレミリアは俺と違って、騎士団の貴重な戦力のはずだ。それが失われることになるよ」


「大丈夫です。この屋敷には、たった一人だけ、彼女を治癒することができる力を持っている人がいるじゃないですか。聖ソフィア騎士団最強の回復魔術の使い手で、教会に認められた聖女様がいます」


 俺はアルテの目的に気づいた。

 ライレンレミリアを痛めつけたのは、一人の少女を屋敷の奥からこの場におびき出すための手段だ。

 アルテは微笑み、言った。


「さあ、ソフィア様をここに連れてきてください!」



☆あとがき☆

小説家になろう様にて


金髪碧眼の美少女との甘々婚約者生活を描いたラブコメ


『ツンデレ北欧美少女のクラスメイトが、婚約者になった途端にデレ一辺倒になってしまった件について』


https://ncode.syosetu.com/n2174hf/


を投稿しているのでもしよろしければお読みいただければ幸いです!

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