第47話 七人の魔王

 俺はアルテをまっすぐに睨んだ。

 

 アルテは聖女ソフィアを屋敷の建物から出して、ここに連れてこいと言っている。

 それはアルテたちがこの屋敷のからくりに気づいた証拠だ。


 俺はやむを得ず、首を縦に振った。

 ライレンレミリアは目の前で死の危険に瀕している。


 聖女ソフィアの治癒の力を使うしかない。


 俺は皇女フィリアを振り返った。

 この場にいては、フィリア自身も危険だ。 


「すみませんが、ソフィアにここに来るように伝えてきてください」


「う、うん。ソロン」


「そして、絶対に建物から出ないでください。約束ですよ」


 俺が言うと、フィリアはこくりとうなずいた。

 そして、心配そうに俺を見つめた。


 フィリアはささやくような小さな声で、祈るように言った。


「ソロン……わたしたちに勝利を」


「必ず勝ちます」


 俺が短く答えると、フィリアはうなずいて、建物の入口へと駆け出した。


 俺はそれを見送り、宝剣テトラコルドを抜き放った。

 けれど、戦うためじゃない。


「この者を癒せ」


 俺は短くつぶやき、剣をライレンレミリアの上にかざした。

 いちおう俺も回復魔術を使えるが、これほど重傷では気休め程度にしかならない。

 それでも、やらないよりはマシだった。


 ライレンレミリアが、かすかにうめき声を上げた。ライレンレミリアの着衣は乱れていて、男に暴行された跡がはっきりと残っている。


 痛ましいけれど、ともかく命だけでも助けないと。


 一方、アルテはソフィアが出てくるまでは戦闘を開始するつもりはないようだった。

 アルテはソフィアを連れ去るためにここに来ていて、その目的を果たすためには、ソフィアが建物から出てくるのを待つのが一番良いと判断したようだ。


 俺がライレンレミリアを魔法で回復させながら、ふたたびアルテの方を見た。

 アルテは勝ち誇った表情をしていた。


「これでソフィア様はここに来ます。そうなれば先輩が頼みにしているその建物の結界も役に立たなくなりますね」


「何のことかな」


 俺はとぼけてみせたが、無駄だった。

 アルテは俺をやり込めるのが嬉しくてたまらないといったふうに、弾んだ声で言う。


「この建物には強力な魔術結界が何重にも展開されてます。さすがは聖女ソフィア様の張った結界だけあって、あたしたちではほとんど破れません。ですから、この建物のなかに立てこもられたら、あたしは先輩たちに指一本ふれられないわけですよね」


「屋敷の門や庭にも結界をかけてあるんだけどね」


 俺は試しに言ってみた。


「そっちはすべて解除しました。建物の外の結界は先輩がかけたものでしょう。いくらソフィア様が素晴らしい力を持っていても、必要な魔力の量を考えれば、一人でかけられる魔術結界の量には限界がありますからね」


「まったくそのとおり。俺のかけた結界なんて何の役にも立たないよ」


「そうでもないでしょう。先輩のかけた結界は弱すぎますから、屋敷への侵入者は簡単に結界を破り、そして油断します。その後に無警戒に建物に侵入者が入れば、ソフィア様の結界に囚われ、退路も断たれてしまうというわけです。ですから、先輩のかけた結界も、罠としてちゃんと役に立っているわけです」


「褒めてくれて嬉しいよ、アルテ。でも、そのとおりに油断してくれていたほうがもっと嬉しかったけどね」


「褒めているんじゃなくて、嫌味だってわかりません? 先輩が二流だから、大した結界も張れないってことですよ」


 俺の軽口に対して、アルテは心底嫌そうな顔をして答えた。

 俺は乾いた笑いを浮かべ、そして考えた。


 純粋な戦闘力だけで言えば、アルテは聖ソフィア騎士団幹部のなかでも抜群の実力を誇る。

 けれど、こういう小細工的なことに気づくほど、細かい神経をしていないはずだ。


 俺はアルテの隣にいる剣士の少女に問いかけた。


「これに気づいたのはカレリアだよね」


 カレリアは何も答えず、じっと俺を見た。

 無言は、肯定の意味だろう。

 彼女は無口だけれど、戦闘における要領がよく、戦なれした優秀な剣士だ。


 俺はもう一押しした。


「アルテだったら、建物の結界に気づかずに突撃していたはずだよ。そうなったら、俺たちの勝ちだった。戦士としてはアルテは二流以下の三流だ」


 痛いところを突かれたのか、アルテはムッとした表情をした。


「あたしは一流の魔術師。ソフィア様以外の誰よりも優秀な賢者です。そして、ソロン先輩はただの四流の魔法剣士。先輩が四流なのは、あの銀色の髪の女の子の扱い方を見てもわかります」

 

 銀色の髪の女の子、とは皇女フィリアのことだと思う。

 でも、アルテは何を言いたいんだろう?

 

 そういえば、召喚士ノタラスはフィリアを決してアルテに会わせるなと言っていた。


 そのノタラスはどこかを痛めたのか、地面に這いつくばったままだった。


 ノタラスが咳き込みながら、何か喋ろうとしていたが、それは言葉にならず、その前にアルテが次の言葉を口にした。


「あの銀髪の子は、七人の魔王の子孫でしょう」



☆あとがき☆

漫画が本日発売です。



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