第48話 狙われる皇女フィリア

 アルテの言葉の意味をすぐには飲み込めず、俺はしばらく考えた。


 七人の魔王。

 それは遺跡の奥底に眠っている魔族と悪魔の王だ。


 皇女フィリアがその子孫だという。


 魔王がいるとされるのは古代王国時代の七つの遺跡で、それぞれに一人ずつ魔王がいる。

 だから、七人の魔王と呼ばれるのだ。


 例えば、死都ネクロポリスはまさに古代王国の首都だった場所で、魔王が最深部には鎮座しているという。


 でも、それがどこまで本当なのかは疑わしかった。


 もう二千年にわたって、誰も七人の魔王の姿を見ていない。

 古代王国は魔王の侵攻によって滅ぼされたという。


 でも、それは伝説や神話の類だ。

 魔王が魔族と悪魔を率い、人間の国を滅ぼしていた時代があったとしても、遥か昔に終わった。


 いまや魔族は遺跡のみに住む討伐対象だし、悪魔は普通の人間に迫害されている。

 かつて魔王と呼ばれる存在がいたとしても、もはやすべて滅び去ったのではないかと俺は思っている。


 ただ、七人の魔王の子孫と呼ばれる存在がいるのは確かだ。

 古い血を残した悪魔たちのなかでも、ごく一部だけが魔王の血を引いている。


 魔王はその無尽蔵の魔力で、古代王国の都市を完全に破壊するまで攻撃し続けたという。

 つまり、魔王にはそれほど多くの魔力量があったわけで、魔王の血を引くとされる者も極めて高い魔力量を誇っている。


 というのは俺が本で得た知識であり、魔王の子孫は極めてまれな存在で、実物を見たことはなかった。


 アルテは言う。


「魔王の子孫は、あたしたちのような高位の魔術師とは共鳴します。高い魔力量を持つ魔王の子孫は、優れた魔術師の存在と惹かれ合い、相手が何者なのか感覚でわかるんです」


「なるほどね。確かにあの子は、かなりの魔法への適性があると思ったけど、そういうことか」


「先輩はあの女の子が魔王の子孫だって気づけなかったでしょう。だって四流以下の魔術師ですものね」


「悪かったね。でも、それがわかったところで、何か違ってくるところはあるかな」


「先輩だって知っているでしょう。魔王の子孫にどんな役目があるかを。だって、知識だけはあるんですものね」


 アルテは嘲るように言い、俺は黙ってうなずいた。

 高い魔力量を誇る魔王の子孫は、歴史上、人間に利用されてきた。


 生きた魔力の供給源として、つまり魔術師の道具として使われてきたのだ。

 大きな魔力があれば、魔術は格段に使いやすくなる。

 魔王の子孫を道具として横に控えさせれば、人間の魔術師は大きく魔術を強化できる。


 しかし、それには大きな代償がある。


 魔王の子孫の側を「改造」してしまう必要があるのだ。

 通常、人や悪魔が持っている魔力は自分自身で使うためのものだ。


 だから、他者への魔力供給を可能にするために、「出力」方法を変化させる必要がある。

 そうして改造された魔王の子孫は二度と自分では魔術を使えなくなる。それどころか改造手術の影響で、廃人になってしまうことも珍しくない。


 けれど、魔術師にとっては問題ないのだ。

 ただの道具にすぎないのだから、魔王の子孫がどうなってしまってもかまわない。

 悪魔や混血者が奴隷であれば、法律上の問題もない。


 アルテは目を輝かせた。


「あの銀髪の子は、素晴らしい素質を持っています。きっと魔王の血がとても濃いんです。あれほどの魔力量を持っている魔王の子孫なんて、なかなかいません」


「ずいぶんと詳しいね、アルテ」


「ええ。だって、先輩がいなくなった後、あたしはもう三人も魔王の子孫を奴隷にして、『使って』きましたから。一人目と二人目はあまり役に立ちませんでしたけど、三人目はあの銀髪の子みたいな可愛い女の子で、すごく便利な道具でした」


「その子たちはどうなった?」


「壊れちゃいましたね。だから代わりが欲しいんです」


 当然のように、さらりとアルテは言った。


 俺はぞっとした。

 壊れた、というのは、つまり死んだか、それに近い状態になったということだろう。


 けれど、アルテはまったく罪悪感を感じていないようだった。


「先輩があの女の子を魔力供給源にしてないなんて、あたしからしたら考えられません。だから先輩は四流なんです」


「あの子は俺の弟子だよ。道具じゃない。魔力供給のための改造なんてしたら、あの子は魔法を使えなくなってしまう」


「先輩の弟子になるなんて、あの子がかわいそうですよ。先輩なんかに教えられてたら、先輩みたいなダメ魔術師になっちゃうじゃないですか。だったら、あたしがあの子をよりふさわしい道へと導いてあげるべきですね」


「よりふさわしい道?」


「女賢者アルテの道具として、その魔力を供給する栄光ある役割をしてもらうってことです。それがあの子の幸せなんですから」


 俺は絶句した。

 どうしてそういう話の流れになるのか、まったく理解できない。


 俺なんかに教えられていたら、フィリアのためにならない、という部分は一理あるかもしれない。

 だからといって、どうしてアルテの道具となることがフィリアの幸福につながるのか。


 俺の疑問にアルテは答えた。


「人間でも悪魔でも、与えられた力と才能を正しく使って、その役目を果たすことこそが幸せなんです。そうあたしは考えています」


「だから、あの子にとっては、魔王の子孫として賢者様のお役に立つことこそが幸せだって?」


 俺が皮肉っぽく聞き返すと、アルテはためらいなくうなずいた。


「汚れた血の悪魔の娘なんて、誰にも必要とされていないはずです。何の役にも立ちません。だから、あたしが必要としてあげるんです。ソフィア様だけじゃなくて、あの子も連れて行ってあげます。帝国最強の冒険者の重要な道具になるなんて、汚れた血の混血者にとっては最高の栄誉じゃないですか」


 たしかに、皇女フィリアは皇宮では誰にも必要とされていなかったかもしれない。

 父である皇帝からは存在を無視され、母親もいず、皇宮の衛兵も使用人もフィリアを遠ざけていた。

 けれど、今は違う。


「アルテ。君は勘違いしているよ。あの子は偉大な魔術師になる。そしてあの子は、俺にとっては大事な弟子だ。俺はあの子を必要としている」


「へえ」


 アルテが愉しそうに笑った。


「道具の代わりが見つけられただけじゃなくて、先輩の大事なものを奪えるなんて、二つの意味で楽しみですね。先輩の前であの子に『改造』を施してあげてもいいんですよ。あれ、すごく痛いみたいですから、いい声で泣き叫んでくれるもの。あ、でも、そのときにはきっと先輩も口が利けなくなっていますね」


「それはできないよ。あの子は帝国の第十八皇女フィリアだ。手出しはできない」


 俺は切り札を切った。

 フィリアが皇女であることはなるべく持ち出したくなかった。


 悪魔の娘だと知られてしまっているから、なおさらフィリアの名前を出すのはリスクが高い。

 けれど、ソフィアを連れ戻されないためにも、フィリア自身を守るためにも、皇女の権威を使うのが今は一番良い手段だ。


 けれど、アルテは俺の言葉を一蹴した。


「あの子が皇女フィリアだってことぐらい、知っていますよ。先輩が皇女フィリア殿下の家庭教師となったことも、この家に皇女とメイドとソフィア様と一緒に住んでいることも、全部ね。調査済みなんです」


「つまり、知ってて皇女に反逆するってことかな」


「バレなきゃいいんですよ。混血の皇女が一人ぐらい行方不明になったところで、帝政政府は必死になって探したりしません。あたしたちの騎士団は帝国から警察権だって与えられています。法律違反の隠蔽なんて簡単です」


 俺は傷つき横たわるライレンレミリアの顔を見た。

 彼女の顔は激しい痛みに歪んでいる。


 ライレンレミリアへの陵辱と暴行も、アルテたちはもみ消すつもりなのか。

 仮にも貴族の娘であるライレンレミリアに対する犯罪行為をそう簡単になかったことにはできないし、皇女誘拐の隠蔽はさらに難しいと思う。


 新副団長のクレオンがこんな愚行に賛成したとは、到底信じられない。


「ああ、そうだ。大事な皇女様やメイドも、ライレンレミリアみたいに男たちの玩具にさせましょうか。先輩の目の前で辱めてあげますよ」


 俺はフィリアとクラリスが泣き叫び俺に助けを求める情景を想像し、怒りに飲まれそうになった。

 

 けれど、これは挑発だ。乗ってはいけない。

 賢者アルテは自信たっぷりのようだった。


「どんな無茶でもあたしたちにはできます。あたしたちの新しい後援者には、国家権力の中枢に携わる人物と組織がついているんです。だから、先輩が心配することはありませんよ。安心して……惨めに破滅してください!」


 そう言うと、アルテはヤナギの杖を俺にまっすぐに向けた。


 ほぼ同時に聖女ソフィアがその場に姿を現した。



☆あとがき☆

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また、追放ハーレムラブコメ戦記

『辺境武官レンリの大戦記 ~彼は皇女を守り、帝国を手に入れることにした~』も投稿していますので、こちらもよろしくです! メインヒロインは同じく皇女!


https://kakuyomu.jp/works/16816700429211585379


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