第29話 道は一つではない
俺はソフィアの言葉の意味を考えた。
ソフィアは俺と一緒に騎士団をやめるつもりだったという。
なら、ソフィアの名前を冠した「聖ソフィア騎士団」をどうするつもりだったんだろう? それに、騎士団をやめれば、団長としての力も権威もなくなってしまう。
ぎゅっと俺にしがみつくソフィアに、俺はおそるおそる口を開いた。
「あの騎士団はソフィアとクレオンと俺が数年かけて作ったんだよ。帝国最強なんて呼ばれた騎士団をやめるなんて……」
「考えられない?」
とソフィアに問い返された。
たしかにクレオンたちに追放を言い渡されるまで、俺は騎士団をやめるなんて考えもしなかった。
せっかくここまで強い組織を育てて、副団長として名声と力を手にしたのだ。
このまま進めばあらゆる遺跡を攻略でき、そして遺跡から得られる利益で人々を助けることもできると思っていた
でも、と俺は考え直す。
俺は後ろにいるフィリアたちを振り返った。
冒険者をやめたことで、遺跡攻略での死の危険もなくなったし、騎士団運営の雑務からも解放された。
そもそも騎士団では役立たずと言われて追い出されたように、戦闘にも貢献できていなかった。
逆に、ここには俺を必要としてくれる人たちがいる。
クレオンたちから追放されなくても、やめるというのは悪い選択肢じゃなかった。
今はそう思う。
俺はソフィアに手短に経緯を話した。
クレオンとアルテたちが俺を器用貧乏の役立たずだと言って、騎士団の追放を言い渡したこと。
そして、そのときにソフィアも追放に賛成しているとクレオンから聞いたこと。
ソフィアはそれを聞いて、ため息をついた。
「クレオンくんが誤解させるような言い方をしたんだね」
「どういうこと?」
「わたしはね、クレオンくんから相談を受けたの。ソロンくんは騎士団をやめたほうがいいってね。殺されたシアちゃんみたいに、ソロンくんが死んでしまうかもしれないから」
そう言ったとき、ソフィアの顔には若干の陰がさした。
シアはかつての俺たちの仲間だった女の子だ。まだ騎士団なんて名乗る前の、少人数のパーティーだったころに、シアは俺たちの仲間に加わった。
ソフィアよりひとつ年下の幼い魔法使いで、師匠が亡くなったのと同時に冒険者となろうと決意したのだと言っていた。
明るくて素直な良い子だったと思う。
そしてシアは遺跡で敵に殺されて死んだ。
ソフィアにとってはシアは妹みたいな存在だったし、その死を説得に持ち出すというのは、効果的な説得方法だろう。
「それでソフィアは、弱い俺が傷つくことを怖れて、俺を追い出すことに賛成したってこと?」
ソフィアは困ったような顔をした。
「えっと、たしかにわたしのほうがソロンくんよりちょっとだけ強くなったかもしれないよ。でも、それだけのことなら、昔はソロンくんがわたしを守ってくれていたんだから、今度はわたしがソロンくんを守ればいいんだよ」
「ソフィアが足手まといを守りながら戦う必要なんてないよ」
「ううん。ソロンくんがいなかったら、今でもわたしに団長なんてできないんだもん。わたしはソロンくんにいてほしいから、ソロンくんを守る。それはわたし自身の願いだもの。でもね」
そこでソフィアは言葉を切った。
ソフィアは翡翠色の瞳で俺をじっと見つめた。
何かを怖れるような色がその瞳には浮かんでいた。
「わたしは怖くなったの。遺跡で戦うのってすごく危険なことだよね。大勢の魔族を倒して、簡単には引き返せないほど地下深くまで進んでいく」
「たしかに危険なことだよ。でも、俺もソフィアもわかってやっていたことだ。遺跡を解放すれば資源も土地も財宝も手に入るし、それで多くの人達を救える」
「わかっていたよ。でも、もう十分だって思ったの。お金も名誉も力も手に入ったけど、この先にわたしの求めるものはないし、死んじゃったら何も残らないから。ソロンくんは約束のこと、覚えている?」
「約束?」
「わたしとソロンくんとの約束だよ」
そうだ。
俺たちは魔法学校の同級生として、最初の学年のときに一つの約束をした。
二人で一緒に帝国最強の冒険者になって、自分たちの居場所を作ろう。
それが約束だった。
当時のソフィアは家族にも同級生にも疎んじられていて、居場所がなかった。
貴族でもなんでもない俺は、魔法学校にこそ入学できたけれど、将来の自分が成功しているところを想像できなかった。
だから、その約束は、幼い女の子だったソフィアにとっては遠い願望で、平凡な俺にとっては無謀な理想だった。
ソフィアは優しく微笑んだ。
「約束は半分かなったよ」
「半分?」
「わたしたちは帝国最強の騎士団の一つを作ったもの。でも、もう半分の約束がかなっていないよ」
約束の前半は帝国最強の冒険者になること。
約束の後半は自分たちの居場所を作ること。
ソフィアの言う約束の半分は、後半のことだ。
俺は首を横に振った。
「ソフィアには居場所があるよ。あの騎士団はソフィアのものだ」
「違うよ。約束はね、わたしとソロンくんの居場所を作るってことでしょう?」
そう言うと、ソフィアは俺の手を両手で包み込んだ。ふわりとした温かい感触に、俺は赤面する。
そして、ソフィアは翡翠色の瞳で俺をまっすぐに見つめた。
「願いをかなえる道は一つだけじゃないよ。だから、わたしは騎士団をやめるの」
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