第28話 聖女ソフィアの願い

 結局のところ、七月党の目論見は失敗に終わった。

 新首相就任式に集まった皇帝、皇族、保守派の有力貴族や軍人、そして新首相ストラスらの大臣たちを皆殺しにするというのが、七月党の計画だったらしい。

 そして、七月党の幹部たちが代わりにこの国を支配するはずだった。


 けれど、彼らは失敗した。

 

 宝剣エレアを手にした新首相ストラスの超人的な奮闘により、皇帝と大臣たちも無傷のまま守られている。

 就任式がこんな事態になって幸先が悪いとも言えるが、就任前の彼に皇宮の警備上の責任はない。

 むしろ皇帝たちを守った功労者として、ストラスの声望はますます上がることは間違いなかった。

 

 一方で、聖女ソフィアたちの活躍によって火災も消し止められた。

 襲撃直後にソフィアが姿を消したのもそのためで、テロだと判断して対魔法攻撃防御用の魔法陣を会場の要所に展開していた。

 というのが、ソフィアの説明だった。


 俺はなるべく自然な笑みを浮かべようと努力しながら、ソフィアに言った。


「さすが聖女ソフィア。的確な判断のおかげで俺たちも他の人たちも助かったよ」


「そんなことより……言うべきことがあるんじゃないの?」


 ソフィアはぷいっと横を向き、頬を膨らませた。

 そして、金色の美しく長い髪を右手で軽く触った。


 ソフィアが怒っているときの癖だ。


 聖女ソフィアといえば、聖ソフィア騎士団の団長として、数多くの難関遺跡の攻略に成功した英雄だ。

 魔術師としても、魔法学校を首席かつ飛び級で卒業することに成功していた。帝国教会所属の魔術師としては五本の指に入る実力をもつと言われる。


 そして、聖女ソフィアはその抜群の才能と同時に、その可憐な容姿でも有名だった。

 金色の美しく長い髪に、不思議な明るさで輝く翡翠色の大きな瞳。そして純白の修道服。

 印象的な美少女のソフィアは、賢者アルテとともに魔法学校の美少女トップ2をいつも占めていたし、冒険者となってからもその美しさはいたるところで話題になっていた。

 

 そのソフィアが俺の目の前にいる。

 ソフィアがかつての俺の仲間だからだ。


 すでに戦闘は終わり、敵もすべて逮捕された。

 俺たちは負傷者の救助に駆け回り、それがやっと落ち着いて、ようやくソフィアと話す時間ができた。

 俺は気まずい感じでソフィアと向き合っていた。

 その後ろでは興味津々といった感じで、フィリアとルーシィ先生が俺たちを見守っている。

 俺は咳払いをした。


「えーと、ソフィア? 怒ってる?」


「うん。わたし、怒ってる」


「なにか誤解があると思うんだよ」


「ソロンくんがわたしをひとりぼっちにしたことは勘違いじゃないもん。探すの、すごく大変だったんだよ」


 そう言ってこちらを見たソフィアは瞳に涙をためていて、すぐにでも泣き出しそうな感じだった。

 

 今ではソフィアは圧倒的な実力をもつ聖女で、帝国の危機を救えるほどの強さがある。

 でも、俺の目の前にいるソフィアは、魔法学校時代となにも変わらないように見えた。病弱で大人しい、儚げな雰囲気の少女が、俺の知っているソフィアだった。


 頼りなかったソフィアはいつでも「わたしはね、ソロンくんがいないとダメなの」と言って、俺を頼りにしてくれていた。

 

 でも、今のソフィアは俺よりも優れた冒険者だし、一人で的確な判断も下せる。

 それにソフィアには婚約者の聖騎士クレオンがいる。


 ソフィアが泣きそうな顔をして俺を見つめる理由なんて、ないはずだった。


 ともかく、なにかがおかしい。

 ソフィアは聖騎士クレオンと幹部たちの意見に同意して、俺を騎士団から追い出したはずだ。

 今の俺では騎士団のレベルについていけずに死んでしまうことを心配して、ソフィアは俺の追放に賛成した。

 そうクレオンは言っていた。

 なのに、俺がいなくなったことをソフィアが責めるのは変だ。

 

 それに、ソフィアは俺が皇女フィリアの家庭教師をしていると聞いて、騎士団団長の地位を利用して、この就任式に出席したという。

 つまり、そこまでして俺を探しに来たのだ。

 追放した人間に対する態度じゃない。


 俺は試しにソフィアに言ってみた。


「ソフィアはひとりぼっちなんかじゃないよ。クレオンがいる」


「クレオンくんがどうかしたの?」


「だって、クレオンはソフィアの恋人で婚約者なんだよね?」


 俺の言葉に、ソフィアが翡翠色の瞳を大きく見開いた。

 そして、ソフィアは暗い声で言った。


「そ、ソロンくん。その話、誰に聞いたの?」


「クレオン本人からだよ」


「えっとね、本当に……クレオンくんがそう言ってた?」


 俺は思い出した。

 クレオンはソフィアと婚約したと言った。

 そして、騎士団の内部でも町でも、クレオンとソフィアが付き合っていると噂していた。

 

 総合すれば、俺の知らない間に、クレオンとソフィアが恋人同士になっていて、そして婚約したのだと思うのが自然だ。

 そう言うと、ソフィアが首を横に振った。


「わたしはクレオンくんと付き合ってなんかいないよ」


「じゃあ、クレオンがソフィアと婚約したって言っていたのは……」


「嘘じゃないよ。でもね、わたしがクレオンと婚約したのって、わたしのお父さんたちが勝手に決めたことなの。名門貴族の聖騎士だから、クレオンを婿にするんだって言って」


 貴族同士の政略結婚ということなら、昔ほどじゃないけれど、今でもたまにある。

 クレオンの父とソフィアの父はどちらも帝国の有力貴族で、手を結ぶメリットは大きそうだった。

 俺は呆然とした。


「でも、どっちにしても婚約したことだけでも、俺に言ってくれればよかったのに。なんで隠していたの?」


「だって……ソロンくんには知られたくなかったんだもん」


 ソフィアが少し顔を赤くした。

 それから、ちらりと上目遣いに俺を見た。


「ソロンくんは、わたしとクレオンくんが婚約したって聞いて、何も思わなかったの? がっかりしたり、しなかった?」


「それはたしかに、がっかりしたけど」


 そう言うと、ソフィアは「ほんと?」とつぶやき、嬉しそうな顔をした。


 なにせ、ソフィアもクレオンも俺に婚約のことを打ち明けてくれなかった。

 それに二人はずっと前から恋人同士だったのだと勘違いしたから、除け者にされたような気分になった。

 だから、本当なら二人を祝福すべきなんだろうけれど、少し残念にも思ったのも事実だった。

 もう二人は俺を必要としていないんだな、と。


 ソフィアは安心したようにほっと息をついていた。


「よかった。ソロンくんがわたしのことを必要としなくなったわけじゃないんだ」


「俺を必要としなくなったのは、ソフィアだよね?」


「そんなことないよ。わたし、ソロンくんがいないとダメだもん」


「でも、俺のことを騎士団から追放することに賛成したって聞いたよ」


「ソロンくんが騎士団をやめるのに反対しないって言ったのはホントだよ。でもね、騎士団をやめるのはソロンくん一人じゃないよ」


 ソフィアは柔らかく微笑んだ。そして、とんと俺の胸に、小さな頭をうずめた。


「そ、ソフィア……?」


「だって、わたしもソロンくんと一緒に騎士団をやめるつもりだったんだもん」

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