第27話 聖女ソフィアはソロンのことを許さないと言った

 ポロスは古びた杖をでとんとんと床を叩いた。

 すると、そこに魔法陣が展開され、緑色の光を放ち始めた。

 そこから強風が巻き起こり、こちらに襲いかかる。

 衛兵たちを一斉に殺したのは、この攻撃魔法だろう。


 俺は宝剣を一閃させて、前へ踏み出して風のなかを突き進んだ。

 風は俺の剣によってかき消され、俺はポロスめがけて剣を軽く振り下ろす。

 ポロスは俺の攻撃を避けようと、後退した。


 その隙に、俺は懐から呪符を取り出して、ポロスの魔法陣の上にばらまいた。

 ポロスが俺に問う。


「なんの真似かな?」


「ちょっとした小細工だよ」


 俺が言い終わるより前に、ポロスの魔法陣は暗転し、それから青色に輝き始めた。

 ポロスはたぶん高位の魔術師だ。

 まともに戦って勝てるかはわからないし、戦いが長引けば長引くほどこちらが不利になる。

 だから、その前に策を使った。


 ポロスは焦りの表情を浮かべた。

 自分が生成した魔法陣が、予期しない変化をみせたのだ。

 何が起こるのか、ポロスは警戒するだろう。


 俺はポロスに向けて水魔法を撃ち、距離を詰めた。

 ポロスは杖を振って、魔法の風を放って俺の攻撃を相殺する。

 しかし、彼はますます輝きをます魔法陣に気を取られたようだった。

 次の瞬間、俺は加速してポロスの背後に回り込んだ。

 ポロスがこちらを振り向く前に、俺は彼の背中に蹴りを入れた。

 

「なっ……!」


 ポロスは体勢を崩し、魔法陣の上に倒れ込んだ。

 同時に魔法陣から現れた大量の水の渦が彼を包む。

 彼は俺の水魔法でできた障壁に拘束された。

 ポロスは負けたのだ。

 俺は彼に言った。


「殺しはしない。他に仲間は何人いる?」


 ポロスは笑った。


「私の仲間は大勢いるとも。もう遅い」


 ふたたび爆発音が響き、あちこちで炎が巻き上がった。

 敵の魔術師、それも複数人が一斉に火を放ったのだろう。

 入口側からも爆風が迫ってくる。

 俺はその一部をかき消したが、会場中が燃え盛っていて、すべてを魔法剣で防ぐのは不可能だ。


 振り返ると、ルーシィがフィリアをかばいながら、大掛かりな水魔法を展開し、迫りくる炎を打ち消していた。

 けれど、それでも間に合わない。ルーシィは偉大な魔法使いだけど、「真紅」の異名のとおり、炎を使う側であって、水魔法があまり得意じゃない。


「ルーシィ先生!」


 俺はルーシィのもとに慌てて戻り、彼女の側面を襲う炎をなんとか宝剣で防いだ。

 ルーシィが疲れた顔で微笑する。


「出口が全部、塞がれているみたい。このままだと……」


 全員、熱風に巻き込まれて死ぬことになる。

 敵の攻撃魔法そのものは打ち消せても、酸素がなくなって窒息死が避けられない。

 七月党の狙い通り、帝室はほとんど死に絶え、そうなれば政治家もいなくなって帝国中枢は完全に崩壊することになる。


 そうなったら、俺もルーシィも、フィリアも死ぬことになるのだ。

 フィリアが俺にしがみつき、潤んだ瞳で俺を見つめた。


 そのとき、歌うような声がその場に響いた。


「神よ。われらをお救いください」


 その言葉は教会式の魔術の詠唱だった。

 同時に広大な範囲の炎が一瞬で消えた。

 振り返ると、全身に光をまとった金色の髪の少女が、そこにはいた。

 

 聖女ソフィアだ。


 助かったよ、と俺は言いかけたが、ソフィアが泣きそうな表情なのを見て、思いとどまった。

 ソフィアは翡翠色の大きな瞳でまっすぐ俺を睨んだ。そして、その小さな白い指を、俺の唇に突きつける。


「わたしはソロンくんのことを許さないんだから!」


「へ?」


「わたし、すごく傷ついたんだよ」


「えーと、ソフィア? なんの話?」


「わたしに何も言わずに騎士団からいなくなっちゃうなんて、ひどいよ」


 俺のかつての仲間であるソフィアは、そう言った。

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