第26話 七月党
なんでここにソフィアがいるのか、という俺の言葉は轟音にかき消された。
会場入口手前に紅蓮の炎が上がり、そこにいた何人かの給仕たちを一瞬で消し炭にした。
次の瞬間、爆風が巻き起こり、こちらに迫ってくる。
「フィリア様!」
俺はとっさに左手でフィリアの腕をつかみ、こちらに引き寄せた。
炎と爆風は目の前まで迫っている。
俺は腰に帯びていた宝剣テトラコルドを鞘から抜き、右手で横に振るった。
すると、俺たちを襲う炎風はかき消された。
ほっとして俺は胸をなでおろす。
なんとか最初の一撃は防いだ。
突然の戦いは、予想していない最初の攻撃が最も怖い。
逆に言えば、それさえ回避できれば、後はなんとかなるとも言える。
「ご無事ですか、フィリア様?」
「う、うん」
見下ろすと、フィリアが頬を真っ赤に染めている。
とっさにフィリアを抱き寄せたけど、その結果、背中から手を回して、フィリアを後ろから抱きしめる格好になる。
しかも……ちょうど場所が悪く、俺の腕がフィリアの小さな胸を押さえるような格好になっていた。
フィリアが小さく吐息をもらす。
「ひゃあっ!? ああっ、んっ、恥ずかしいよ、ソロン……」
「す、すみません」
慌てて俺はフィリアを抱きしめる位置を変えた。
焦ってフィリアを強く抱きしめすぎていたといういこともある。
とはいえ、まだフィリアを離すわけにはいかなかった。
何が起こっているのか、状況がまったくつかめていない。
「ソロン! それにフィリア! 大丈夫?」
魔法の杖を構えたルーシィがこちらに声をかける。
そして、俺がフィリアを抱き寄せているのを見て、すねたような顔をした。
「私のことより、フィリアのほうが大事なんだ?」
「先生なら自分の身は自分で守れるでしょう」
俺は呆れて言い返した。
そんなことを言っている場合じゃないと思う。
「真紅のルーシィ」、そして聖女ソフィアなら、自分で自分の身を守れるだろうけれど、フィリアはそうじゃない。
だから、俺がなんとかしないといけない。
そういえばソフィアはどうしたのだろう。
振り返ってみたが、ソフィアはどこにも見当たらなかった。
一方で、衛兵隊が会場の入り口を固めはじめていた。
何者かが侵入してテロを行ったのだから、これ以上の敵を侵入させないためには妥当な判断だった。
俺たちも入り口のすぐ近くにいるから、敵が入ってこないようにしてくれるのならありがたい。
けれど、次の瞬間には衛兵たちの悲鳴が上がった。
衛兵たちの身体が切り裂かれ、鮮血があふれる。
一瞬で、死体の山がその場にできた。
彼らを殺したのは、一人の初老の男性だった。
「諸君は覚えているだろうか、七月九日の惨劇を」
その男は杖を握り、落ち着いた声で言った。
上等な礼服に身を包んでいて、紋章入りの指輪をつけている。
つまり、彼は貴族であり、この就任式に招待された一人だった。
「ポロス伯爵ではありませんか!? ご乱心なされたか!?」
驚きの声を上げたのは、皇宮衛兵隊副隊長のギランだった。
彼はすでに重傷を負い、殺人者であるポロス伯爵の前に、顔を青くして膝をついていた。
ポロスは薄く笑った。
「私は正気だよ」
「皇宮で衛兵を殺せば、これは大逆罪。伯爵も死罪を免れませんぞ」
「いいや、正気でないのはギラン殿のほうではないかね?」
「なにを仰る?」
「わからないならいい。死んでもらうまでだ」
ポロスは杖を振り上げた。
そのままだったら、ギランも同じようにポロスの魔法で殺されていただろう。
けれど、彼は死ななかった。
「ろくな説得もなしに殺すっていうのは、ちょっと乱暴じゃないですか」
俺は宝剣でポロスの攻撃を防いで、言った。
フィリアを守るのはルーシィに任せて、俺はポロスの前に飛び出したのだ。
べつにギランのことを守る義理はないけれど、フィリアの安全を考えるなら、大元の襲撃者を排除してしまうのが一番良い。
俺はとりあえずの応急手当的な回復魔法をギランにかけたが、傷の度合いからしてすぐには戦闘に復帰できなさそうだった。
ギランはうめいた。
「逃げろ、ソロン。この皇宮を守るのは私達の仕事だ」
俺より弱いのに何を言っているんだと思ったが、ギランの使命感の強さの現れだともとれる。
俺を見て、ポロスが「ほう」と感心したようにつぶやいた。
「私の風の斬撃魔法を防ぐとは、なかなかやるな」
「お褒めに預かり光栄ですね、伯爵殿」
「そういう君は魔法剣士ソロンか。その宝剣テトラコルドのことは、私も聞いたことがあるよ。あらゆる種類の魔法とスキルをかなり高いレベルまで強化するのだろう」
「残念ながら『かなり高い』どまりで、どれも一流とはいえませんが、強化の種類は豊富とはいえるかもしれません」
宝剣テトラコルドのおかげで、俺は詠唱なしにそれなりのレベルの攻撃魔法が使えるし、普通ぐらいの魔法攻撃なら耐えられるだけの防御力もある。
純粋な剣としての攻撃力も優秀で、おまけにいろいろと便利なスキルが付随してくる。
要するに器用貧乏の俺にぴったりの剣なのだ。
ポロスが厳しい口調で言った。
「ギランは私のことを正気でないと言った。だが、私に言わせれば、血にまみれた殺人者の皇帝に味方をすることのほうが狂気の沙汰なのだよ。君だって知っているだろう。七月九日の惨劇を」
七月九日の惨劇とは、帝国軍による民衆の虐殺事件だった。
二年前の夏、過酷な生活を送る人々は大挙して皇宮に押し寄せた。
彼らは武器も持たずに、皇帝の救いを求めていた。
しかし、その尋常でない様子を見た皇帝と側近たちは恐怖に駆られ、彼らの殺害を軍に命じた。
皇宮前の大通りには、軍の魔法攻撃によって虐殺された無数の市民の遺体が転がった。そのなかにはまだ幼い子どもたちも含まれていたという。
この事件をきっかけに。人々のあいだで皇帝に対する信頼は失われていった。
「七月九日を忘れるな。それが我々、七月党の合言葉だ。我々は悪しき軍人と政治家、そして皇帝たちを抹殺しなければならない」
その言葉は、ポロスが七月党の党員であることを示していた。
七月党は帝国政府を打倒しようとする革命政党だ。
君主制と奴隷制の廃止。身分による差別の禁止。すべての人民に対する富の平等な分配。隣国との即時講和による戦争の終結。
それが彼ら七月党の求めるものだった。
「七月党員に貴族がいるというのは噂で聞いていましたが、本当だったのですね」
「私は貴族だが、貴族だからこそ民衆を救う義務がある。君は皇帝の味方か、それともこの国の味方か?」
ポロスに問われ、俺は答えた。
「少なくとも、伯爵殿たちの味方ではありませんよ。こんなやり方で何が変わるんです。七月党は内務大臣を暗殺しましたが、それでも何も変わらなかった。たとえ、皇帝を殺しても、何も変わりません」
「変わるさ。すべてを破壊したその後にしか、真に理想の世界は来ないのだ。皇帝と首相ストラスには死んでもらう」
「そのために罪の無い皇宮の使用人を殺し、衛兵たちを殺したわけですか?」
俺は黒焦げになった給仕たちの死体と、切り裂かれた衛兵たちの死体を指さした。
ポロスは顔色も変えずに言う。
「必要な犠牲だ」
「そう言ってしまうなら、伯爵殿は伯爵殿の憎む皇帝たちと何ら変わりません。俺はあなたの敵だ」
それが戦闘開始の合図になった。
そして、七月党の襲撃者はポロス一人ではなく、すでに皇宮の各所でも戦いが始まっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます