第3話 襲撃

 突然、馬車が大きく揺れ、そのまま停止した。

 おかしな気配がする。

 クラリスを見ると目があった。彼女の瞳は不安そうに揺れていた。

 

 俺はつぶやいた。

 

「襲撃だ」


「え?」


「クラリスさんはじっとしていた方が良いよ」


 旅の馬車を狙う賊徒は少なくない。積荷を手に入れれば売り払える。積荷が人間でも例外じゃない。

 奴隷は帝国でもっとも高価な商品の一つだ。

 

 外から男の絶叫が聞こえた。

 護衛が一人殺されたみたいだ。

 俺が立ち上がるのと同時に馬車の前方と側面が切り開かれる。

 賊が乗客のいる位置まで侵入してきたんだ。

 残りの護衛も逃げたんだろうな。


「おうおう、金を持っていそうな奴らも多いな。ええ? 若い娘もいるじゃないか、こいつぁ楽しめそうだ」


 賊の頭領らしい大男が喚き散らす。

 その手下たちもにやにやと笑ってクラリスを舐めるように見ていた。

 クラリスがひっ、と小さく悲鳴を上げる。


 頭領らしき男が言う。


「しかも結構美人じゃねえか。まあ、俺の好みより少し胸が小さすぎるが、全員で可愛がってやるから安心しろ」


 勝手なことを言い続ける頭領の前に、俺は立ちはだかった。クラリスが賊徒の視線にさらされないようにしたのだ。怯えきったクラリスは、ぎゅっと俺の服の裾をつかむ。

 頭領は「ほう」とつぶやいた。


「ははあん、それで女をかばっているつもりか、小僧」


「まあ、そのつもりだね」


 俺が淡々と答えると、頭領はにやりと笑った。


「たった一人で俺たち『漆黒山賊団』を相手にできると思ったか。ずいぶんとなめられたもんだな。ええ?」


 漆黒山賊団ね。盗賊のくせに大層立派な名前で、ちょっと、というか、だいぶ違和感がある。 


 だが、聞いたことはある。

 

 冒険者のパーティーと同じで、攻撃、盾、回復、支援といったふうに六人の賊で役割分担をしているらしい。

 少数精鋭で、なかなか厄介な賊だとも聞く。

 

 どっちにしても、降りかかる火の粉は払わないといけない。

 俺は剣を鞘から抜き放ち、盾を構える。


「漆黒山賊団の皆さん。悪いけれど、俺も手加減はできない。命が惜しければ、さっさと立ち去ることを勧めるよ」


「野郎ども、この思い上がった小僧をぶっ殺してやれ!」


 頭領が大声をあげると、六人の男がにやつきながら戦闘態勢に入る。

 油断は禁物。

 戦いの基本は、初手から全力で行く、だ。


 俺は剣を右に振った。

 次の瞬間、漆黒山賊団の回復役と支援魔道士らしき男たちが紅蓮の炎に包まれる。

 

 男たちの悲鳴が聞こえる。

 頭領は驚愕しながらも、こちらに斬りかかってきた。

 仲間が死んでも怯まないのは立派だが、無駄だ。

 

 頭領の大剣を盾で防ぐ。

 同時に水色に輝く攻撃魔法がこちらに飛んでくる。かわす余裕はないけれど、そんなに高度な術じゃない。

 直撃してもダメージは少ない、と踏んで、俺は身をかわさなかった。

 魔法剣士としての魔法耐性が俺を守ってくれている。

 

 大剣を振り下ろして隙だらけの頭領を斬って捨て、同時に回復の魔法をかけて体力を戻す。

 そして加速の魔法で残りの三人に間合いを詰めた。

 いまや彼らを守る物は何もない。

 俺が剣を一閃させると、彼らは音もなく倒れた。


 俺は六人の死体を見下ろした。

 人殺しは好きじゃないが、初めてというわけでもない。

 漆黒山賊団は帝国軍の討伐対象。彼らは多くの人を毒牙にかけた報いとして、遅かれ早かれ殺されていたはずだ。

 俺は手をかざして彼らを弔った。それが帝国教会の流儀だった。


「す、すごいです! お兄さん! まるでソロン様みたい!」


 振り返ると、クラリスがきらきらと輝くような瞳でこちらを見つめていた。

 尊敬されるのは悪い気分じゃないけれど、苦笑もしてしまう。


「『まるで』って言うけれど、クラリスさんはソロンのことを見たことないよね?」


「でも、きっとソロン様もこんな感じで活躍してるんですよ! たった一人でなんでもできちゃうんです!」


「どうかな」


「きっとそうです!」


 まあ本人だから間違ってはいないけれど。

 追い出されたとはいえ、帝国最強の冒険者パーティーで副団長をやっていたんだ。

 山賊ぐらいは、まあ普通に倒せる。


 俺はあたりを見回し、それから馬車の御者にかけよった。彼はけっこうな高齢で、ついでに腰を抜かしていた。

 とんとん、と御者の肩を叩き、手を差し伸べて立ち上がるのに力を貸す。

 落ち着いた御者に尋ねる。


「どうです? 馬車は動かせそうですか?」


「ええ、まあ、なんとか。ちょいと手を入れる必要があるでしょうがね」


「それは良かったです」


「助かりましたぜ、旦那。あんたは命の恩人だ」


 乗客たちも「そのとおり!」とうなずき、口々に感謝の言葉を述べた。彼らからなにか礼をしようと言われたけれど、当座の金に困っているわけじゃない。

 結局、馬車の運賃を無料にするという御者の申し出だけを受けることにした。


 人を守って礼を言われるというのは悪い気分ではないけれど。

 いままで、俺が守るべきだったのは、騎士団の仲間たちだった。


 だけど、いまでは俺はソフィアたちを守る力もないし、共に戦える力もない。

 なら、俺はこれから何を守っていけばいいんだろう?

 帝都にその答えはあるんだろうか。



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