第52話 聖ソフィア騎士団帝都支部

 アルテの魔法の杖は俺の手で破壊された。

 これで、もうアルテは強力な魔法は使えない。


 アルテは真っ二つになった愛用の杖を見つめ、それからその場に膝をついた。

 うなだれるアルテの白い喉の切っ先に、俺は宝剣テトラコルドを突きつける。


「どうする、アルテ? 降伏するなら、これで手打ちにしよう」


 アルテの犯した罪は重い。


 市民の屋敷への襲撃行為、貴族の娘であるライレンレミリアに対する凌辱・暴行、皇女フィリアの誘拐未遂。

 これだけ重なれば、死罪となってもおかしくないはずだ。


 法的にこそ問題ないとはいえ、魔王の子孫である奴隷たちを道具として虐待したことも道義的な責任は重い。


 アルテは勝利すればすべての凶行を揉み消す手段と自信があったみたいだけれど、それはあくまで勝った場合の話。


 いまや勝者となった俺は、この場でアルテを誅殺しても、後からなんとでも司法当局に説明をつけることができると思う。


 けれど、俺はアルテを殺すつもりはなかった。

 自分が優位に立ったからといって、平気で相手を傷つけるのであれば、俺はアルテと何も変わらなくなる。

 

 アルテは優れた賢者で、そして、俺よりずっと年下の少女なのだ。

 いくらでもやり直しがきくはずだし、心を入れ替えてくれる可能性だってあるはずだ。

 

 年齢と貴族の生まれであることを考慮すれば、本来死罪相当であっても、ある程度は罪も軽減されるだろう。


 俺は屋敷で繰り広げられた戦闘の跡を見渡した。

 敵の騎士団幹部の占星術師フローラはすでに戦闘能力を失っている。

 アルテの部下の一般団員たちは召喚士ノタラスとその配下の魔族たちによって一掃された。


 残るのは双剣士カレリアで、距離があるとはいえ、防御面に強くない聖女ソフィアの正面に立っているという意味でも、一番危険な存在であった。 

 カレリアは朱の宝剣のみを片手に握り、俺を睨みつけた。


「まだだ……まだ、私は戦える! クレオン様の命令を果たし、聖女様をここからお連れし、裏切り者を粛清するのだ!」


「もう戦いは終わったんだよ、カレリア」


 俺はつぶやいた。

 ノタラスの召喚した魔族たちが素早く動き、カレリアを包囲した。

 逃げ場はない。

 つまり、カレリアはたったひとりで俺とソフィアとノタラスを相手にしなければならない。

 万に一つも勝ち目はないだろう。


 そのとき、俺の屋敷の外に複数の人影が姿を現した。

 その数はおよそ二十人。


 いずれも若者で横一列に並び、全員が白地に赤いラインの入った上質な服を着ている。

 その服は聖ソフィア騎士団の一般団員の制服だった。


 俺は彼ら彼女らをゆっくりと眺めた。


 団員たちの中央に立つ長身長髪の青年が進み出る。

 その青年は気だるそうに目を細め、そして、抑揚のない低い声で話し始めた。


「幹部の皆様。聖ソフィア騎士団帝都支部長のラスカロス、ただいま参上いたしました。これより我々は騎士団の秩序を乱す裏切り者に対し、適切な対処をいたしましょう」


 ラスカロスのぼそぼそとした宣言とともに、帝都支部の団員たちは一斉に剣を抜き、あるいは杖を構えた。

 聖ソフィア騎士団の本部は、東部の港町にある。

 帝国の東方には攻略対象となる遺跡が多いからだが、もちろん東方のみに遺跡があるわけじゃない。


 騎士団の急激な拡大にともない、本部のみでは各地の遺跡の攻略に対応できなくなってきた。

 そこで、新たに団員を集めたり、別の冒険者集団を併合することによって、いくつかの地方に設置されたのが騎士団の地方支部だ。


 この施策は副団長だった俺の手によって進められ、なかなかの効果を発揮した。

 どの支部にも騎士団の名声によってそれなりに強い団員が集まり、高い成果を上げたのだ。

 そうした支部の存在は、帝国全土にわたって騎士団の強さを宣伝するのに役立った。


 そのなかでも、帝都の支部は最大規模のものだ。帝都支部の中には騎士団幹部を超える実力者がいるともいう。


 その帝都支部の団員たちが、この場に現れ、騎士団の裏切り者を処分するという。

 アルテが顔を上げ、そして、目に光を取り戻した。


「増援が来たのね。これで形勢は逆転ですよ、ソロン先輩! 神はあたしたちに味方したんです!」


 そういうと、アルテはローブのなかから素早く一本の木の枝を取り出した。

 いや、ただの木の枝じゃない。


 携帯用の魔術の杖で、予備としてひそかに隠しておく種類のものだ。

 もちろんアルテがさっきまで使っていたヤナギの杖に比べれば性能は劣るが、それでも杖なしの状態と違って、アルテはまともな戦闘能力を取り戻すことになる。


 ラスカロスはつかつかと歩み寄り、俺とアルテの近くに立った。

 そして、彼は白銀に輝く細身の剣を構えた。


 ラスカロスは剣士であり、騎士団帝都支部長の名に恥じず、前衛としてかなりの戦闘力を誇ってる。

 そのラスカロスと賢者アルテが手を組めば、俺たちにとってはかなりの脅威になるはずだ。


 手を組めば、の話だが。

 ラスカロスは剣を一閃させた。


 次の瞬間、アルテの予備の杖は一刀両断されていた。


「あれ?」


 アルテが不思議そうに自分の手のなかの杖を見た。

 それはもう、杖とは呼べない、ただの木の枝のかけらだった。


 剣士ラスカロスはわずかも表情を変化させず、ただ無表情に立っていた。

 アルテの杖を叩き斬ったのは、ラスカロスだった。


「な、なんで? ラスカロスは裏切り者を粛清するって言ったのに、どうしてあたしの杖を壊すの! あなたの敵はノタラスと、ノタラスの味方をするこのソロン先輩でしょう!?」


「私の敵はあなたなのですよ、アルテ様。あなたこそが我々聖ソフィア騎士団の裏切り者です」


 ラスカロスはさらりと言った。






☆あとがき☆

アルテの運命やいかに……?

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