第53話 賢者アルテの敗北
アルテはラスカロスに詰め寄った。
「あ、あたしが裏切り者? そんなわけないでしょう!?」
ラスカロスはその問いに冷ややかに答えた。
「アルテ様は罪なき仲間を傷つけ、偉大なる団長ソフィア様の意向に背きました。さらには無謀なネクロポリス攻略作戦に我々を参加させ、死地に赴かせようとしています。これを裏切りと呼ばずして、何を裏切りというのでしょう?」
呆然とするアルテに対し、ラスカロスはあくまでも悠然としていた。
そして、ラスカロスは片膝をつき、うやうやしく聖女ソフィアに一礼した。
「我らが団長たる聖女様。たとえ、あなたが引退されたとしても、我々にとっては聖ソフィア騎士団の団長はたった一人、あなたのみです。あなたに敵が現れれば、我々はすぐにでも駆けつけましょう」
ラスカロスはもともと帝都の別の冒険者パーティに所属していた。
けれど、何人かの仲間とともに抜けて、結成からそれほど経っていない聖ソフィア騎士団に入ったのだ。
そのきっかけは、俺たちが帝都近くの難関遺跡を複数のパーティで攻略したとき、共同作戦を張っていたラスカロスたちが瀕死の重傷を負ったことにある。
そのとき、ラスカロスたちの命を救ったのが聖女ソフィアだったのだ。
そして、ラスカロスたちは聖ソフィア騎士団に入り、帝都支部を作った。
そのため帝都支部の団員たちはソフィアに強い忠誠心を持っている。
以前、皇女フィリアが義人連合にさらわれたとき、俺は騎士団帝都支部に協力を求めることも考えた。
けど、そのときは追放された俺しかいなかったから、帝都支部を指揮することは無理だと諦めたのだ。
今は違う。
聖女ソフィアは俺のもとにいる。
だから、ソフィアの威光を使って、帝都支部の人間たちを従わせることは簡単だった。
この屋敷のある郊外は、実は、帝都支部とかなり近い場所にあった。
そして、帝都支部の団員たちが二十四時間ソフィアの警護にあたることは無理でも、何かあればこの屋敷に駆けつけるように事前に頼んであった。
時間稼ぎをすれば、味方が増えるようになっていたのだ。
これが結界と並ぶ、俺のもう一つの頼みの綱だった。
戦いを勝つために、自分自身の力しか利用してはいけないという法はない。
使えるものは何でも使えの精神である。
アルテたちの敗北はもともと明らかだったけれど、これでもう、本当に逆転の可能性はなくなった。
アルテが顔を歪め、震えながら叫んだ。
「あたしは間違っていない! 力ある者が正しく力を使うことこそが正義なのに、なのに、どうしてあたしが負けるの!? どうしてあたしがこんな平凡な魔法剣士に負けないといけないわけ!?」
「それはアルテさんが大事なことを何もわかっていないからだよ」
綺麗な声が聞こえた。
いつのまにか、ソフィアがアルテの前まで来ていて、賢者を見下ろしていた。
そして、アルテがすがるようにソフィアを見つめた。
「あたしは、ずっと、力を得て、強くなることこそが、正しい道だと思っていました。だから、聖女であるソフィア様に憧れていました。いつかあたしは聖女と並ぶような素晴らしい賢者になれると思っていて、一緒に史上最強の冒険者になることができると信じていたんです。なのに、なのに、どうしてそんなに簡単にソフィア様は騎士団をやめてしまえるんですか? あたしたちのことなんてどうでもよかったんですか? あたしにはわからないんです。どうしてソフィア様ほどの力がある方がこんな魔法剣士と一緒にいようなんて思うんですか?」
「わたしは、力よりも、もっと大事なものを知っているから。それだけだよ、アルテ」
アルテは何も言わず、膝をついたまま、首を横に振った。
その美しい黒い瞳からは涙が溢れていた。
アルテが完全に戦意を喪失し、その敗北が決定した瞬間だった。
聖女ソフィアが身をかがめて、アルテの瞳からこぼれる涙をぬぐっていた。
☆作者からのお知らせ☆
これで第三章は完結。物語も一区切りとなり、次からは帝国の闇&ネクロポリス攻略編となります。アルテもなろう版と比べて過激なざまぁをされます!
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