第12話 魔法剣士が怖れるもの
「さて、殿下。少し眠っていてくださいな」
テオドラがそう言って小型の杖を懐から取り出したのとほぼ同時に俺は飛び出した。
俺がテオドラに向けて剣を振り下ろすと、テオドラはさっと身をかわし、短剣を抜いた。
ただのメイドという動きじゃない。
おそらくもともと秘密結社の工作員が皇宮にメイドとして紛れ込んでいたということなんだろう。
左右からテオドラの仲間の男たちが剣を振りかざしてこちらに向かってくる。
けれど遅いうえにただの力任せの攻撃だ。
俺がさっと後退すると、左右別方向からやってきた敵の男二人はお互いを攻撃しそうになりかけ、慌てて身をひこうとした。
その瞬間に俺は右の敵の剣を叩き落とすと、そいつの側頭部に剣を叩き込んだ。
殺してはいない。峰打ちだ。
ほぼ同時に左からの敵には魔法をかけて眠ってもらった。
詠唱なしでほぼ一瞬でそれなりの魔法が使えるのは、宝剣テトラコルドの力だ。
残念なことに、俺自身の才能じゃない。
俺はフィリアの前に回り込み、テオドラを見据えた。
「これで1対3になったな。どうする、テオドラさん?」
「あなたは昼間の家庭教師……?」
「ああ。魔法剣士ソロンとも言うけれど」
テオドラの後ろに移動していた彼女の仲間二人が息を呑む。
強いという評判は役に立つ。
魔法剣士ソロンは最強の冒険者の一人ということになっている。
実際には評判倒れだとしても、敵を畏怖させ、戦意を失わせられるかもしれない。
テオドラが忌々しげに吐き捨てる。
「なんだって聖ソフィア騎士団の副団長がこんなところにいるわけ?」
「俺がフィリア様の家庭教師になったからさ」
俺は微笑して答えた。
「騒ぎになっても面倒だよね? ここらで手打ちにしないかい?」
「手打ち……?」
「フィリア様とクラリスさんは返してもらう。俺は君たちが逃げるのを黙認する。どう?」
正直言って、フィリアの安全を確保しながら戦うのはけっこう怖い。
自分一人ならともかく、無力な人間を守るのはかなり難しい。
だったら、戦わないのが一番安全だ。テオドラのやろうとしたことは許せないが、後日いくらでも逮捕の機会はある。
向こうにとっても、想定外の事態が起きた以上、一度撤退するのが合理的な判断だと思う。
しかし、テオドラは冷静さを失っていたようだった。
「悪魔の娘に魔族討伐の英雄ソロンが味方するなんて、そんな背徳、私達が見逃すと思いますか?」
「交渉決裂ということかな」
「悪魔の味方をした魔法剣士ソロンは死ぬ。そして私達は悪魔の娘、皇女フィリアを見せしめとして捕まえる。そういう筋書きしか、私達は望みません」
戦闘はやむなし、ということみたいだった。
テオドラはさっき倒した男二人よりも強そうだったし、そのテオドラを後ろ二人の魔術師がサポートするのだろう。
しかも、皇宮務めのメイドを殺すわけにはいかない。
テオドラは生きて捕まえて、クラリス誘拐の犯人として突き出す必要がある。
俺は振り返らずに、背後のフィリアに話しかけた。
「怖いと思いますけど、じっとしててくださいね」
「子ども扱いしないで。怖くなんてないもの」
「俺は昔も今も戦いのときは怖いですよ。死ぬかもしれないんですから」
そう言うと、フィリアが息を呑む音がした。
そして、フィリアはつぶやいた。
「ごめんね、ソロン。わたしは悪魔の娘だって黙ってた」
「どちらにしても、フィリア様が俺の弟子だってことに変わりはありませんよ」
「ありがとう。ソロン、わたしに……勝利を」
「師匠としてお手本にならなければなりませんね。必ずやフィリア様に勝利をもたらし、望む結末をお見せしましょう」
俺は宝剣テトラコルドを構えた。
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