第44話 二つの道

 俺は選択を強いられた。


 一つの道は、騎士団に戻り、無謀なネクロポリス攻略を止めさせることだ。


 ノタラスの言う通りなら、説得すれば何人かの騎士団幹部はこちらの味方をしてくれるだろう。


 ネクロポリス攻略が多大な犠牲を払うということは幹部ならわかっているだろうし、アルテの失策についても不満がたまっているはずだからだ。


 例えば、幹部の機工士ライレンレミリアは正義感の強い女性で、アルテのやり方を許さないだろう。

 彼女は俺の復帰にも賛成していたという。


 けれど、逆に、ネクロポリス攻略の主導者である女賢者アルテ、俺を嫌う守護戦士ガレルス、そして俺を追い出した新副団長クレオンたちとの対立は避けられない。


 他にも少なくない数の幹部や団員がアルテたちの味方をするはずだ。たとえば、アルテの妹のフローラは俺とも親しいが、戦うとなれば姉の側につくだろう。


 平和裏に説得するだけで終わればいいけれど、実力行使による対決に進む可能性は低くない。

 

 こちら側の確実な札は、俺と召喚士ノタラス、そして聖女ソフィアの三人だが、これに機工士ライレンレミリアたちが味方として加わったとしても、アルテたちと戦闘になったときに勝ち目があるかどうか。


 しかも、ソフィアは騎士団を抜けたいと言っていたのに、彼女をまた戦いに巻き込むことになってしまう。


 もう一つの道は、見て見ぬ振りをすること。


 アルテのネクロポリス攻略作戦による犠牲者の発生はやむを得ないこととして黙殺する。

 そして、騎士団が聖女ソフィアを連れ戻そうとすれば、受動的にそれを食い止める。


 少なくとも、俺について言えば、騎士団から追い出された身であって、騎士団に対して何の義理もない。

 危険を犯して、アルテを止める義務もない。

 

 そうすれば、皇女フィリアの師匠を続けられ、フィリアとの約束を守ることもできる。


 けれど、それでいいのだろうか。


 幹部以外の団員たちも、俺が勧誘して集めてきた騎士団の仲間だ。

 彼ら彼女らが死地に赴くのを、放置するのは心が痛む。


「少し考えさせてほしい」


 結局、俺は決めきれず、ノタラスに回答を待ってくれるように頼んだ。

 ノタラスはやむを得ないというふうにうなずいた。


「あまり時間はありません。明日までにご決断を」


 ネクロポリス攻略作戦実行はもう目前となっていて、アルテら幹部を含む多くの団員たちがすでに帝都に向かっているという。

 

 ただ、そのなかにクレオンは含まれていないらしい。


「なあ、ノタラス。どうしてこんな作戦に、クレオンが反対しないんだと思う?」


「さて、我が輩にもわかりませんな。ソロン殿がいなくなったあたりから、あの方は人が変わったようになってしまいましたから」


 以前のクレオンなら、こんな強引な手法による遺跡攻略は認めなかった。


 ところが、いまやクレオン自身が遺跡攻略を苛烈な勢いで進めさせ、団員たちを酷使しているという。


 クレオンは良識のある、優しいやつだったはずだ。

 そのクレオンがなんでこんなことをしているのか。


 一度、クレオンと直接、話をするのは手かもしれない。


 ソフィアが騎士団を抜けることも、クレオンが認めてくれさえすれば、問題の解決にかなり近づける。

 

 俺はノタラスを玄関へと案内しようとした。


 また明日、もう一度、この屋敷をノタラスは訪れてくれるらしい。

 そのとき、俺はどうするのか、彼に伝えることになる。


 ノタラスがふと思い出したように俺に告げた。


「そういえば、ソロン殿。ここは帝都の郊外でも有名な葡萄酒の産地だと言いますな」


「そうだね。一本もって帰る?」


「ぜひにも、お願いしたいですな。我が輩、うまい葡萄酒には目がないもので」


 ノタラスが眼鏡の奥の目を輝かせた。

 このノタラスはけっこうな酒好きで、特に葡萄酒にかなり詳しい。


 俺はせっかくなので、屋敷の葡萄酒の保管庫に彼を連れて行こうとした。

 そこでいくつか銘柄を見ながら、選んだほうが彼も嬉しいだろう。

 

 そして、俺が保管庫への廊下の扉を開けたとき、想定外のことが起こった。

 そこには皇女フィリアがいたのだ。


「そ、ソロン。ごめんなさい」


 フィリアは困ったような笑みを浮かべ、俺とノタラスの顔を見比べた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る