5 希望のカード
「駄目だめダメ。ぜんぜんダメ。そんなの退部の理由にならない。
「そんな都合いい話ない!」
「あるわよ! ディレクターになればいい! 本社に出入り出来るようになれば私みたいに違った方に考えが変わるわ!」
「なれるもんならなりたいよ! でも――頑張ったけど無理だったの! 二週間だよ?! わかる?! ディレクターに推薦してあげるとか言っときながら、アシスタントもくそもないじゃんあんなの
話の途中で、
その細長い人差し指が、つつ、と灯里の顔をゆっくりと下る。鼻筋をなぞり、上唇にそっと重みが加わった。口が塞がる。
「うるさい」
あまりに明確なその四文字を、灯里はにわかに受け止められない。混乱した。
(――ウルサイ、ウルサイ……え、うるさいって
そんな身も
「もごもご」
そこそこの力で唇を塞がれている。そして退がろうにも退がれない。後頭部は下駄箱でどん詰まりなのだ。灯里は眉で
凛子は半歩、灯里に身を寄せる。
距離は至極近い。
凛子の――、
凛子の息遣い。
ふっくらした唇。尖った鼻筋、
長い
はっきりした二重、
黒く縁取られた切れ長の眼、
水晶玉みたいな二つの目玉、
そこに
その
そんな圧倒的美人の口の
「予言してあげる」
この距離でかろうじて聞き取れる声。吐息に混じらす
灯里はじりと後ずさる――真後ろには退がれないから、ややカニ歩き気味に、横へ向かって遠ざかる。
唇から離れた人差し指は、それでも迷いなく灯里の顔の中心を射抜く。
「十秒後、あなたは<自分の意思>でコラボ室に戻る。 ――必ず、ね」
はっ!
失笑した。
「付き合ってらんない」
馬鹿じゃないだろうか。
そんなの、十秒以内に私がここから立ち去ればそれで
と思いつつ、
十秒、と言われて気は急いた。
目の前の
「じゃぁね。バイバイ」
別れを告げてローファーを引き
――ゴミ?
……にしては大きく、それは平たいカード? のようなものだった。ラブレターとか。そんな時代でもない。
腰を折って拾い上げる。
「――……うそ?」
それを見て手が震えた。両手に持ち直し、食い入るように見る。
そして、左の枠。枠内に、己の顔写真が収まっているではないか! これは高等部へ進学する際に願書を提出したときの証明写真。
それからこうも書いてある。
――『
中央にでかでかと記された名前もしっかりと、自分。
これは――こいつは紛れもなく灯里のために発行されたカードであるが。
何より、ロゴが! ロゴが入っている!
カードの右半分を占める「
「これってもしかして……もしかしてもしかしてもしかして……!?」
「ふふ。おめでとう」
「やだ……うっそ!? 本当に? うそ、私ついに……」
――ディレクターになっちゃった!?
「厳密には『助っ人』だけれどね。――さて、灯里がはしゃぐから予言の十秒は過ぎちゃったけど……どうする? 一人カラオケ行く? それとも私と一緒に、コラボ室に戻る?」
「戻る! 凛子と一緒にコラボ室戻る! 全然いい! さっきのは、ほら。あれ、ちょっとうんざりして弱音吐いただけだもん。やる! 私、ディレクターになる!」
「はい。よくできました。じゃぁさっさと靴をしまって。そしてあなたの過ごした無意義な四年を、死に物狂いで取り返しなさい」
「あはっ」
天に喜び地に喜ぶはしゃぎっぷりで、たまたま通り掛かった用務員さんが何事かと歩みを緩めた。
灯里は満面の笑みで用務員さんに会釈して、そんな灯里に、凛子は呆れ気味に言った。
「言っておくけど楽しいだけじゃないわよ。クリエイターはせいぜい三日で一曲を仕上げているけど、ディレクターという役職は、その特性から一日に十数曲を捌くこともあるの。
それに――これは前にも言ったことだけれど――ユーザーとの距離も一つ近くなるわ。歌い手の立場になって、音源をもっともっと歌いやすくする事が、ディレクターの役目。つまり、一曲にかける時間的ウェイトは軽くなるけれど、責任はずっと重くなる。難しい仕事なの。けど……そうね。クレームに関しては灯里はずっとやってきた事だから、もしかしたら私たちの誰より適任かもしれないわね」
灯里はもうあまり聞いていなかった。
カードを
「はいはい、わかってるわかってる」
片っぱしから頷くものだから、首筋がおかしくなりそうだった。
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