6 煌きらの行方
視聴会が終わったのはそれから一時間も経ってからのことで、気づけば外はすっかり暗い。
いつの間にか戸口の前まで移動していた
「やば、私ピアノ教室があるんでお先です!」
グミが慌てて教室を飛び出し、それで
(……まだ微妙に時間あるな)
と――いう訳で。
灯里はのんびりと教室を後にする奈々千と梅田に続いたのであるが、暗い廊下に足を踏み出そうとしたその瞬間、がっ、と後ろから首根っこ――いや、後ろ
「このチャンスをモノにしないで、いつディレクターになれるって言うの?」
耳元で早口に囁かれる。
凛子はまるで
「ブドウくん、この子言いたいことがあるんですって〜!」
大きな声を教室の中ほどに向けると、最後に灯里の背中をどんと押した。
「ぅ――わあっ! ちょっと凛子!?」
一歩二歩とよろめきながら、灯里は急いで後ろに目を向けたが、
(あいつ……やりたい放題かよ)
強引すぎる。
けれど――、
ぞんざいな扱いかと言えば、それは違う。私のためを思っての行動だ、と灯里は解っていた。
さっきの試聴会での挑発的な言動だって、たぶん、理由は同じ。
(たぶん、というか、本人がそう言ってたじゃん)
灯里は昨日凛子から届いたメッセージの内容を思い出した。
――優柔不断な灯里のために。
それだ。けしかけられたのだろう。灯里においては悩まないのが吉だから。
まだ僅かに重みの残る背中を後ろ手にさすりながら、灯里は前方のブドウくんを
ブドウくんはピアノの周りに散らばるカラオケ機材を片しながら、
「俺に言いたいことって何だ?」
と、尋いた。
むくむくと肥えた男は、その見た目に反して、風が鳴るような爽やかな声を発する。
ごくりと息を呑む。
凛子の言う通り、これはチャンスなのだ。
さっきの試聴会で、灯里はしっかりとその存在を示した。
大活躍だったのだ。
最初こそ
指摘はすべて的中。あれも丸、これも丸、灯里が口にする言葉はことごとく正解で、そうなら、この調子でしれっと「ディレクターになりたい」とか言っちゃえば、それも正解になる気がした。ノリで丸を振ってくれるんじゃなかろうか。
「……私、ディレクターになりたいな、なんて。向いてると思うんですよ」
「そうかもなあ」
あっさりした返事だった。素っ気ないほどに。
四、五メートルはありそうな長いケーブルを
ケーブルの先端がしゅるしゅると床を這い、ブドウ君の手元に吸い寄せられていく。
「奈々ちゃんのチームだって余裕がある訳じゃない筈だぞ」
それを灯里に
「そんなの……知らないです。でも私が輝ける場所は、クリエイターチームじゃ――……ないと、思うんです」
無理に語尾を強めた。
それは一瞬浮かんだ奈々千やグミの顔を振り払うためであった。
「うーん」
少しの間、会話が止んだ。
時計はまだ五分と進んでいない。
沈黙を割いたのは、突然鳴り出したスマホの着信音だった。
どきりとしたが、灯里のスマホはコラボ室に置いてあるし、すぐにそれがブドウくんのものだと判った。
「ちょっとごめん」
ブドウくんはそう断ると手近の机に束になったケーブルを置き、急ぎ足で教室から出て行った。
・
一人取り残された
手のひらは蛍光灯の光を
「ふぅ……」
丸一日くらい息を止めていた気分だ。
ピアノ椅子に歩み寄り、実に一時間以上ぶりに腰を休める。スカートの
(いま、私は間違いなく煌きらしてる)
それは手汗である。手汗であるけど輝いていたことに違いはなく、しかし――
振り向いた窓は鏡面のように教室を映していた。ピアノ椅子に
なんて。
リリカルな。
ただ単に闇夜が透けて薄ぼんやり見えるだけである。それでも――
わかってはいるけれど。
尋ねずにはいられない。
(お前は、いまを楽しめてるの? お前……お前は、あの日憧れた私なの?)
窓に映る
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