2 その女子高生のひとり趣味(2/4)

「ていうかお前、私の言ったこと全然わかってないじゃん!」


 最後の最後、『ご利用人数』の右側にでかでかと書かれた「1」という数字に、灯里あかりは二度三度指を突きつけた。


 そこはわざわざ埋めなくてもいいのだ。

 空欄のままでよかったのに、と灯里はまた語気を荒げる。


「遅れてくる可能性もあるじゃんね。その、……と、ともだち、が」


 ――友達。

 言い慣れない言葉である。

 灯里には友達と言う友達が一人しかいない。それでもいることに違いないのだから、灯里の示す可能性は十分に検討されるべきである。


「そうですね。じゃあ二名様にしておきましょうか」


 男は淡々と言って、先につづった「1」に容赦なく二重線を引いた。


「ま、待って――そうじゃないんだって!」


 そもそも灯里は一人で来たことをあざけられた気がして腹を立てたのだから、「1」は否定されたくないのだ。かと言って「2」もどうか。灯里の友達の人数は灯里しか知らないはずだ。


「ここは、あれですよ。友達の数を記入する欄じゃないですよ」


「そんなの解ってる。そうじゃなくて、私は決め付けるなって言いたいの。普通さ、たとえ一人で来ようと『何名さまですか』ってくじゃんね。それなのにニヤニヤ笑ってお一人様ですね、なんて馬鹿にしてるでしょ。何。この店は一人カラオケに来た客を馬鹿にするの? それとも普通に歌わない私は迷惑客にカテゴライズされちゃった訳?」


「はっはっは。何も馬鹿にしてないですよ、織部おりべさん。歌唱スタイルも往々にして自由であるべきです。それに俺は最初から歓迎してるつもりなんですけどね」


 いよいよ友達レベルの応対である。


「いいや、絶対おかしいって。なんて言うか嫌味たらしい言い方というかさ、悪意を感じた訳、私は。ていうか接客態度も全体的におかしいし。その『織部さん』って呼び方もキモい。私たち友達じゃないよ」


 灯里は自分の精一杯怖いと思う顔で睨むが、


「つれないですね――――灯里さん」


 なんだかもう茶番じみてきている。

 まるでハサミで水を切らされているような手応えの無さ。まだ部屋にも着いていないのに、無性に疲れてしまった。

 灯里はぐったりとカウンターに寄りかかり、腕に顔を埋めて深い息を吐いた。


「もういい、話したくない。はやく部屋通して」


 くぐもった灯里の声。


「まあまあ。せっかく来たんですから楽しみましょうよ」


 男は、はいこれ、とカゴ――マイクやらカラオケグッズが詰め込まれている――をどしんとカウンターに乗せた。


「こんなバカにされて、もう全然楽しめる気しないけどな」


 灯里はそう吐き捨ててカゴを乱暴に手繰たくった。

 その時まなじりに見た男の顔が、灯里には妙に印象的だった。


 ――まぁ、


 と男は言った。


「まぁそんなに思い詰めなくても――織部おりべさんは多分」



 ――自分が思ってるほど一人ぼっちじゃないですよ。



 男は穏やかな声で言う。


 口もとにかろうじて残した笑み。眉尻を下げ、泣き出しそうと言えばそうであるし、笑い出す一寸手前と言ってもそうである。眼鏡、レンズの奥――細い切れ長の目の中で、小さな茶色い瞳は優しげな光をたたえていた。


 それは男が初めて見せた「楽」以外の表情で、「怒」や「喜」ではないし、「哀」ともつかない。


 灯里は男の言葉にも、その表情にも戸惑い、


「――お前に私の何がわかるんだよ」


 ぶっきらぼうにそれだけ言って、きびすを返した。


 でも、男に背を向けて、少しだけ笑ってしまった。

 訳は解らないが、ほんのちょっと胸が温かくなるのを感じた。

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