カラオケいろは JK×ディレクター織部灯里の選ぶナンバー

竹なかみおん

プロローグ

#0

1 その女子高生のひとり趣味(1/4)

「お一人様ですね」


「はあ?」


 ――そんな接客ってあるだろうか。


 灯里あかりは険のある目で、眼鏡の男を見た。

 そりゃ確かにいつも一人で来ているし、最近では平日も休日もなくほぼ毎日この店に通っている訳だけれど。


「だったら何? 不都合がある訳?」


 何でそんな言い方をされなきゃならない。


 男との間をへだてる受付カウンターに乗り出すようにして、ぐっとあごを突き出す。こうでもしなければ弱々しい上目遣いになってしまうのだ。灯里は極めて背が低い。


「私の体が小さいから四名様用の部屋を貸すのは厳しいって、お前はそう言いたいの?」


 灯里は語気を強めるが、男も大したもので客向けの笑みを絶やさない。


「いやいや――人数確認の手間が省けたらな、と思い」


 男は気持ち悪いところで言葉を止めた。それで平然としているから別に言いよどんだ、という訳でもなさそうである。

 もしかして彼なりの敬語なのだろうか。だとするとやはりこの男の言葉遣いはどこかズレている、と灯里は思う。


「……だったら顔パスで通すとか。そういう方が私は嬉しいんだけど――」


 いや、そうじゃない。なにか話が逸れた気がする。


(なんで私の方が後手に回ってんの……)


 これでも灯里は大層戸惑っている。

 まさか入店の手続きで――たかがカラオケの部屋ひとつ取るのにこれ程手こずるとは思わなかった。



 本当はさっと来てさっと帰るはずだったのだ。

 せっかくの日曜日を予定の一つもなしに終わらせてしまうのがしゃくで、形だけでもスケジュールを埋めておこうと最寄りのカラオケ店へ足を運んだのである。


 とはいえ、


 気持ちを充実させたかった灯里あかりは馬鹿丁寧にメイクをして家を出たし、気持ちを高めるために学校のグラウンド四周分くらいの距離にあるこの店まで無駄にのろく歩いてプレイリストを漁ったりもした。


 ――なのに。


 よりによって『お一人様ですね』、だなんて。そんな接客ってない。

 男の無配慮な一言で、リッチになりつつあった灯里の気持ちは台無しである。

 灯里が怒るのも当然だし、なのに男はどこか飄々ひょうひょうとして灯里の怒りはひらりひらり暖簾のれんのようにかわされるし、


 今は思い切り話が逸れているし。



「それもそうですね」


 男はへらっと笑う。

 そして受付のわきにあった記入用紙の束から一枚を手元に滑らせると、胸ポケットに差していたペンを紙面に走らせた。


 それにしても喜怒哀楽の「楽」だけ残して他はごっそり削り落としたような男である。それではまるでピエロなのだけれど、まぁ店員ってあまねくそんなものかもしれない。


(顔パス、してくれるのかな)


 気づけば灯里あかりは期待を込めて男の手元を見守っていた。しかし次の瞬間、いぶかしく目を細める。


 ――織部灯里おりべあかり(16)――


 一字とたがわずさらさらとつづられた灯里の氏名、年齢。

 男のペンには、迷いがない。


 なんで知ってるの、とか問い詰めるべきなのだろうか。いや灯里は常連なのだからある種知られているのは当然で――そうではなくて、くとすれば『なんで覚えてるの』だ。しかしそれもどうか。なんだか自意識過剰な質問と思えないでもない。


 訊くか訊くまいか、心がわずかな逡巡しゅんじゅんを起こしているその間にも、記入欄はどんどん――利用時間から希望機種から、灯里の望むままに埋められていく。


「すげえ。私の希望通り」


 男を不審に思う一方で感心もしてしまい、ついそんな言葉を漏らす。


「この場合は『希望通り』と言うより、『いつも通り』ですね」


 男はそう言いながら眼鏡の位置を正した。


(だよね)


 ――と言うことは、

 やはり男は過去に何度も灯里の接客をしてくれたのだろう。


 カウンターに視線を落とす男の顔を、灯里はちらと盗み見た。灯里の方に見覚えはない。

 男は俯いたまま、目線だけ灯里によこした。


「機種はいつも<ORCA/noteオルカ・ノート>を選んでますよね。何か思い入れでもあるんですか?」


 灯里は何も答えないで、満面に笑みをたたえて舌を打った。余計なお世話である。

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