4 『カラオケ』って言ったら何を思い浮かべる?
小さな楽器保管室は、中学生が抜けた途端に静けさが際立つ。
狭いし、薄暗いし、先輩と二人きりだし、なんだか気まずい。
上調子の中学生に近くで騒がれるのは
・
「先輩、ほんとに妹と知り合いじゃなかったんですね」
堪えきれなくなった
「なに、疑ってたの?」
振り返った
「もう降参っす。なんで私の過去を知ってるのか、そろそろ教えてくださいよ」
「それは灯里ちゃんが自分で答えを見つけてよ」
だと。
灯里の要求はあっさりと退けられた。
「私が引退するまでまだあと五ヶ月あるよ。それまでゆっくり考えて……なんて悠長なこと言ってらんないね」
言い直して、奈々千はふふっと笑う。
「忙しいよ灯里ちゃん。カラオケづくりを覚えながらディレクターを目指して、同時に学園祭に向けてバイオリンの練習もするんだから」
奈々千は灯里に背を向けて、ゆったりした足取りで木棚のほうへ歩いていった。
灯里はだんだん気重になってきた。
カラオケづくりはまだしも、問題はバイオリンだ。やはり学園祭までの五ヶ月という期間は無謀に思えた。
「やっぱり私、学園祭出ないとだめですかね」
「できれば出てほしいな」
奈々千は木棚に並ぶ楽器を目だけで物色しながら、横顔のまま答えた。
「ほら、私たちの活動ってあんな感じじゃない。耳を塞いでじっと画面見て……、ふとしたときに息苦しさを感じちゃうって言うか」
「それは……そうかも。
「だよね」
奈々千は寂々と笑う。
「試合も無ければ、練習も無い。カラオケ作りはどうしても一人対音楽の個人戦になっちゃうの。でもクラブとしてそれはどうなの、って私は思う訳ね。だからそういう学園祭みたいな、みんなで一つのことに取り組めるようなイベントを大切にしていきたいんだ」
奈々千はそこで一度言葉を区切り、自分の言葉に納得するように頷いてから、また少し言葉を続けた。
「カラオケ大会は絶好の機会だよ。ヘッドホンの外側で、みんなで一つの曲をつくれる。同じ曲を演奏して、歌って、同じ瞬間、同じ気持ちを分かち合える――なんて、少し大げさかな」
奈々千は照れくさそうに頬を掻いた。その満ちた横顔が、灯里には羨ましい。
自分なら、そんなふうに思えるだろうか。多分無理である。灯里なら心に疑問が生じた段階で、もう辞めているだろう。結局ピアノも辞めたし、バイオリンも辞めた。そしてカラオケ部も、いつだって辞められる――未だにそう思っている。
そんなだから後ろめたい。
奈々千のその横顔に、灯里は何も言葉を返せない。
しばらく続いた無言を、灯里は針の上に座らされた気持ちで過ごした。
「灯里ちゃんはさ、」
――『カラオケ』って言ったら何を思い浮かべる?
奈々千はふと灯里を振り向き、そんなことを尋いた。
「……急ですね。なんだろう、マイクとか? 歌とか。そんなのかな」
「ふふ。いいね、スタート地点、って感じ。まっさらな状態。これからカラオケ部で活動していくと、灯里ちゃんが今連想した真っ白なカードが一枚ずつ裏返されていくよ。そこには何が書かれてるかな。黒いカードもあるかもしれない。けれど、絶対に、煌きら輝く一枚が現れる。そうすると、世界ががらっと変わる」
「……
「そう、煌きら。そこに書かれてる内容は、みんな違うと思う。でも引退まで頑張った先輩は、みんな充実した顔をしていたな。多分大事なものを得られたんじゃないかと思うの」
奈々千先輩は何か見つけたんですか――そう
「もし、灯里ちゃんがどうしてもカラオケ部を辞めたくなったとき、
そう言って、奈々千は再び楽器の物色を始めた。
(まぁ辞めるにしたって今すぐではないし)
すると何かしら楽器を手にしなければならない訳で、そうなるとやっぱりバイオリンなんだろうか。
灯里は奈々千の言葉に感銘を受けたつもりでいたが、その実、まだまだ他人事であった。
「あ、私、裏方とかダメですか? 中途半端にバイオリン弾くよりよっぽど活躍できると思うんですけど」
「いいよ、それでも。実を言うと梅田君がそうなの。彼は楽器は全然だめで、その代わり私たちがセレモニーで演奏する音楽をアレンジしてもらったり、出場者が歌うカラオケ音源を作ってもらったり――ぶっちゃけて言うけど、灯里ちゃん。楽器持ってたほうが楽だよ」
最後は
奈々千は高い位置にあった楽器を、爪先立ちになって引っ張り出した。
するりと顔を見せたのは――ケースにも収まっていないむき出しのバイオリンだった。
灯里はすこし緊張した。
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