3 姉の苦労
「
――と、
「例の妹です」
面識がないというから二人の顔を繋げてやるのは灯里の役目だった。
それで二人の間に立ってはみたものの、自己紹介すらままならない灯里にとってこれはなかなか困難を極めた。
光里を指して「えっと、光里。二つ下の」、奈々千を指して「こっちは先輩、光里、先輩。奈々千」。要領をえない顔繋ぎは果たしてなんの意味も持たず、二人は苦りきって挨拶し直すのだった。
「でも光里は奈々千先輩のこと知ってたみたいですよ」
二人の話が盛り上がり始めたので、灯里は今度こそ置いていかれまいと会話に割って入った。これは姉としての見栄というか、尊厳を保ちたい人間の意地である。
・
流れで、九月に開催される学園祭の話になった。
二日に渡り開催される祭りの前日にセレモニーが引っ付く。これは例年近隣のコンサートホールを借り切って行われた。
「カラオケ部はセレモニーで出し物があるよ」
「カラオケ大会ですよね。私はそこで初めて奈々千先輩を見たんです」
学生から参加者を募るカラオケ大会。そのトリをカラオケ部員が務めるのが恒例であるらしい。それで去年の舞台でセンターに立ったのが、奈々千だった。
そんなことを教えてくれながら奈々千は、
「あれは不本意だったの」
と笑った。
「あの舞台は三年が引退する場でもあるから私は目立ちたくなかったんだけど……、当時の部長がやれやれってうるさくて。それで周りも盛り上がっちゃって。結局二曲やることで折り合いをつけて、私は前振りで一曲やらせてもらったのね。前座みたいなものかな」
前座だなんて、と光里はうやうやしく否定した。尊い眼差しで奈々千を見て――そんな顔、一度でも実姉に向けたことがあったか。灯里はすこし妬けた。
「じゃあ先輩、そんな大人数の前で歌ったんだ」
大人しそうな顔してやることは大胆ね――とは言わないけれど、いささか尖った物言いにはなった。
奈々千はううん、と首を横に振る。
「私が持って行ったのはマイクじゃなくてバイオリン。歌モノとインストの二曲やったの。で、私はインスト曲のほうをリードしたんだ」
「ふうん」
もし同じ状況に追い込まれたなら自分もその選択をするだろうな、と灯里は想像した。あくまで『出ない』という選択肢がなければの話だが。
・
「ていうか、なに?
ふと思い至ったように
「お腹痛かったんだよね、三日間ずっと」
窓から外を覗くと、
そんなどうでもいい風景を目に焼きながら、灯里は梅田兄妹の苦労を思う。
「え、ていうか待って。もしかしてお姉ちゃん……、今年あの舞台に出るってこと!? うそ、すごい!」
急に光里が言い出したから、灯里はぎくりとした。
そうじゃん、たこ焼き屋じゃないじゃん、と今さら気づいたのだ。
いやそんなことはこの部屋に入ったときに気づくべきだったのかもしれない。私、その舞台に出るの!? と、灯里が
でも、
爛々と目を輝かせる妹を前にしたらそんな間抜けなこと言えなくて――、
「……あ、当たり前じゃん」
そう言う
すると、わぁぁ〜、と調子の高い声が二人分湧いた。まぁまぁ、と灯里は手を仰いでみせるが、澄ました顔の裏で必死に頭を巡らせていた。
舞台に立つと言ったって、歌は昼に凛子としたお遊び程度だ。さっきも思ったが、一番可能性があるのはやはり楽器だった。そして十年のブランクがあるピアノは論外で、やるならバイオリン。――それにしたって四年のブランクはあるけれど。
学園祭までは正味五ヶ月もない。
(無理だろこれは……。詰んだな、私)
灯里の口から乾いた笑いが溢れる。
・
「ところで
「そうだった。おうい、そろそろミーティング始まるよ」
光里は未だ準備室の奥で談笑を続ける女の子たちに声をかけ、
「それじゃ奈々千先輩、またゆっくりお話きかせてくださいね」
と、同級生を連れて愛想よく音楽室へ引っ込んだ。
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