2 再会

 着いたのは音楽室準備室だった。


 室内は薄暗く、どこか埃っぽい臭いがしたが、ぱっと見清潔に保たれているように思えた。どうも空調が効いてるらしく、埃っぽい風はそこから送られてくる。長袖にも肌寒さを覚えた。


 部屋の隅でセーラー服を着た数人の女の子たちが談笑していた。中等部の子たちだった。

 彼女たちは奈々千に気付くと少し色めき立ち、誰が声をかけるか視線で相談しあうようにした。


 やがて一人が代表して挨拶した。


奈々千ななち先ぱい、お疲れさまです」


 顔見知りのようだ。

 奈々千が女の子たちの輪に自然に溶け込んでいくのを見て、灯里あかりはわずかに顔をしかめた。すこし悩んだ末、奈々千の陰に隠れるようにして、さりげなく彼女らの視界から外れた。


 片耳に女子トークを聞きながら、見るともなしに背後のおおきな楽器収納棚に目をやった。

 私立に似つかわしくない古めかしい木棚。棚の半分はひとクラス分のクラシックギターが占めているが、他にも管楽器から弦楽器、パーカッションの類まで一通り揃っている。空調が効いているのはこいつらのためだろう。木でできた楽器は湿度管理が重要なのだと、昔バイオリンの先生に教わった。


 とりわけ興味もないが手持ち無沙汰に楽器に触れてみたり――というのも、後ろの女子トークが盛り上がり始めたので、灯里は身を持て余していたのだ。


 がんがん漏れ聞こえてくる女の子たちの話によると、彼女らは中等部吹奏楽部の三年生らしい。五号館に入った辺りで薄ら聞こえていた音は彼女らによるものだった。



 話し込んでしまっている奈々千ななちを尻目に、灯里あかりは部屋の奥まで歩を進めた。


 突き当たりには窓が設けられ、彼方の空は濃藍こいあいに暮れはじめていた。

 部屋の奥には左と右にそれぞれ小窓のついたドアがある。


 左は音楽室だとすぐにわかった。ちらと覗くと膝に楽器を乗せた吹奏楽部員が大挙していた。話し声や笑い声が漏れ聞こえ、いかにも休憩中である。

 右の扉はしんとしている。空き教室のようで、部屋の一辺に机が片寄せられ、がらんとした空間の真ん中にグランドピアノがぽつんとある。


「うん?」


 不思議に思った。 ――ふつうピアノは音楽室にあるものじゃなくって?

 変なの、と思いつつ、好奇心からドアノブに手を伸ばした、その時。


「あら。お姉ちゃん」


 ずいぶん聞き慣れた声を背中に聞く。

 振り向くと、まだ扉を開けたばかりの妹がドアノブを握っているところだった。胸にトランペットを抱えている。


「そっか。光里ひかりって吹奏楽部だったっけ」


「え、今さらすぎるよ? 私ずっと前から吹奏楽部だよ……ね、うん。ていうか私からすればお姉ちゃんが音楽室にいることの方がよっぽど不思議なんだけど……」


「私はほら、さっきカフェで言ったじゃん。放課後デート……みたいな」


 むろん光里にそう話したときには、まだそんな予定なかったけれど。


「ほんとだったんだ!」


「なにそれどういう意味?」


 灯里がけげんな顔をすると、妹はぱあっと明るくなった顔を慌てて消すようにした。


「やや、こっちの話だよ……!」


「何か勘ぐってるようだけど、本当だってば。あの人に連れて来られたの」


 視線をうながすと、あ、奈々千先輩だ、と妹は奈々千を知っている様子だった。


(やっぱり裏で繋がってたんじゃん……)


 灯里はじろっと奈々千を見やるが、どうもそういう事ではないらしい。光里は一方的に奈々千を知っているだけだった。


「そりゃ知ってるよ。音楽系の部活に入ってる女子の間では有名だよ。去年の学園祭で奈々千先輩が舞台にあがるのを見て、ほとんどの子が憧れを持ってるの」


 だそうである。

 あっちで奈々千と話す女子グループも例外ではなく、初対面だと思うよと妹は言った。

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