#4
1 ミステリアスな人
「九月に学園祭があるじゃない? カラオケ部も出し物があるんだけど、
「ふうん」
そんな話さっきの部屋でもできたと思うが。
「確かめておきたいことがあるの」
出し物について、あまり深く考えはしなかった。
――たこ焼き屋とかお化け屋敷とか。
高校生の出し物といえばせいぜいそんなものだろう。
先輩と連れ立って廊下を歩きながら、灯里はその程度の感想を持った。
ぼちぼち夕陽の頃。
二人は廊下に落ちる格子のような窓枠の影を顔に滑らせながら歩いた。
灯里はこの時間帯の学園の様子を初めて見た。
オレンジ色の校内は新鮮である。すれ違う人たちの顔も心なしかすっきりして見える。日中はただただ騒々しい校舎も、今は嘘のように穏やかだった。
五号館へ入るとひたすらまっすぐな廊下が続き、ときどきどこからか吹奏楽の遠い音色が途切れ途切れに聞こえた。
教室の入り口を
・
「そういえば、
「うん。三歳からピアノ、五歳からバイオリンをしてるよ。灯里ちゃんと一緒だね」
その返しに灯里は違和感を覚えた。
「あれ、私それ言ったっけ」
「言ってないけどそれくらい知ってるよ。それで今はもう辞めちゃってるでしょ、バイオリン」
「辞めたけど」
――そうじゃなくて。
なぜそれを知っているのかという話だ。
しかし奈々千は廊下の先を見つめたまま眉ひとつ動かさず言うので、灯里は逆に自分の記憶を疑いたくなった。
――やっぱり知り合いだったとか? 灯里は首をかしげる。
それはない。
そもそも知り合いの少ない灯里だから、一度知り合ってしまえば記憶から漏れるような事はないと思うのだ。
少し考えるふうにして、「あ、凛子に聞いたんでしょ」と灯里は
「講師と大喧嘩して辞めたんだよね、バイオリン」
どきりとした。急に
確かにそれは事実である。
同時に灯里は <あの時> ――四年前のことを思い出した。
ぎゅっと眉根が寄る。
あまり知られたい話ではないし、自分から広めるような話でもない。
・
そこまで考えて、ふと思い至った。
「……妹か。
この線は濃厚に思える。
知られたくない話とはいえ、灯里は母親にだけは辞めた経緯を話していたのだ。
『レッスンがきつい、人間扱いをしてもらえない、口を出したら喧嘩になったから辞めてきた』
そして親から妹へ、妹から先輩へと話が流れていったのだろう。妹の光里と奈々千は三つ歳が離れているから学年的な繋がりは無いが、なにせ中高一貫校だ。関係を持つには十分な舞台であった。
「そうなの? 灯里ちゃん、妹さんがいるんだ?」
奈々千はいかにも新鮮がって言うが、灯里には負け惜しみにしか聞こえなかった。
奈々千はふうんと鼻で言いながら、まじまじと灯里を見た。まるで灯里の姿から妹の容姿を想像するように。
知ってるくせに、と灯里は心の中で悪態をついた。
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