3 とりあえずクリエイターという手

「ん――――――。できないんだ。定員がいっぱいなのよね。借りられる防音室に限りがあるの。灯里あかりちゃんには、ここで私たちと一緒にクリエイター業務にあたってもらうよ」


「えぇ……」


 いやな顔を隠そうともしない灯里に、奈々千ななちは苦笑した。


「まぁまぁ。クリエイターだって、きっと楽しいよ。周り見てごらん。どの席を使うのも自由だし、納期さえ守って貰えたら休憩だって帰る時間だって自分の好きにしていいし。カラオケだって出来る訳だし」


「そうですよ先輩、何たってコラボ室には私もいます。それに女子もみんなこっちにいますし! 選びたい放題の喋りたい放題!」


 グミが言った。


「グミちゃん、それキャバクラ」


 奈々千が冷静に答えると、なぜかグミの正面に座る梅田が居心地悪そうにした。


「妹のアホさは置いておくとして。――まぁでも、織部おりべさんが加わってくれて嬉しいのは俺も一緒ですよ。なんと言っても当部は人手が足りてないんです。あと数ヶ月で先輩方は去られる訳ですが、すると、とてもじゃないですが残されたメンバーで仕事を回し切れません。だからほら、俺と一緒にちまちま鍵盤押さえましょうよ」


「そりゃ……確かに皆でわいわい出来るのは魅力的だけど……」


 でしょ、と奈々千が相槌を打つ。


「それにORCA/noteあっちだと立場的に気をつかうし、周りはみんな大人だから肩身狭いと思うよ」


 灯里はうーんと唸りながらようやく腰を下ろした。

 確かに、たかが部活の初顔合わせくらいで悩み倒す灯里だ。初対面な上に相手が大人となれば――うん。肩身、狭いんだろう。


 でも。


「うぅ…………でもそんな簡単に割り切れない……」


「いいじゃない。ね。『とりあえずクリエイター』っていうことで。途中からディレクターに転身してもらった前例もあるよ。りんちゃんも実はその口で、入部してから一年間ずっとクリエイターだったんだけど、この五月にディレクター候補として名前が挙がったの。そういうケースもあるから、あまり役職がどうとか気にしないことだよ」


 この場合、凛子りんこは事例として参考にならなかった。彼女はあれでしたたかな一面がある。狙ったものは逃さない、というか。根本的に灯里とは性質が異なった。凛子がディレクターの座を狙っていたかどうかで、その事例は大きく意味合いを変える。


 ――ん、ん、ん。


 灯里は煮え切らない声を出す。


「……私もなれますかね」


「今すぐとは言えないけど……うん。希望するのなら空きが出ればなれるよ。グミちゃんも梅田君も、ディレクターに興味ないみたいだし。グミちゃんは小さい頃からずっとピアノをやってるから、鍵盤が触れるクリエイターがやりたいんだよね。梅田くんはこれで几帳面なところがあるから、クリエイターみたいにちまちま物を作り上げていく作業が好きなんだって。二人ともクリエイター業務を心底楽しんでるよ」


 奈々千が話している途中、梅田兄妹はそれぞれ自分が話題にされた部分で頷いた。「これで、は余計ですけどね」と梅田は最後に言い足した。


「倍率は1.0倍だね」


 と、奈々千は灯里に向けていかにも受験生らしいことを言った。



(クリエイターかぁ……)


 実を言えばもう少し食い下がりたいところではあったけれど、『防音室が無い』と言う事実は灯里あかりには覆しようもない訳で、灯里の力の及ぶところと言えばあとは根回しくらいなものだが、一応この部屋で一番偉い立場にいるであろう先輩には要望を伝えた。


 切れそうなカードはすべて切れている。灯里はもう待つことしかできない。


「まぁ、いいですよ。とりあえずはクリエイターで。ディレクターになれなかったら」


 ――辞めればいいし。


 さすがにその言葉は飲み込んだ。

 後ろ暗い思いを抱えたそのとき、突然、奈々千ななちがソファから立ちあがった。だから灯里は余計に驚いた。


「今日のレクチャーはこれでおしまい。灯里ちゃん、ちょっと付き合って」


 灯里は大きく開いた目をぱちくりさせて、どこへ、といた。その急展開には梅田もグミもついていけなかったらしく、三人分のぽかんとした顔が奈々千を見上げた。


「もう一つ、灯里ちゃんに承知してもらいたいことがあるの。ここじゃ言えない話」


「焦らしますね……別にいいけど」


 灯里は立ちあがってスカートのすそを正した。別に汚れた訳でも無いのにお尻を二度はたく。何となく、左手を手持ち無沙汰に感じたのだ。


(今度はエスコートしてくれないんだ)


 別にされたい訳じゃないけれど。



 なんだか寂しい。

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