3 とりあえずクリエイターという手
「ん――――――。できないんだ。定員がいっぱいなのよね。借りられる防音室に限りがあるの。
「えぇ……」
「まぁまぁ。クリエイターだって、きっと楽しいよ。周り見てごらん。どの席を使うのも自由だし、納期さえ守って貰えたら休憩だって帰る時間だって自分の好きにしていいし。カラオケだって出来る訳だし」
「そうですよ先輩、何たってコラボ室には私もいます。それに女子もみんなこっちにいますし! 選びたい放題の喋りたい放題!」
グミが言った。
「グミちゃん、それキャバクラ」
奈々千が冷静に答えると、なぜかグミの正面に座る梅田が居心地悪そうにした。
「妹のアホさは置いておくとして。――まぁでも、
「そりゃ……確かに皆でわいわい出来るのは魅力的だけど……」
でしょ、と奈々千が相槌を打つ。
「それに
灯里はうーんと唸りながらようやく腰を下ろした。
確かに、たかが部活の初顔合わせくらいで悩み倒す灯里だ。初対面な上に相手が大人となれば――うん。肩身、狭いんだろう。
でも。
「うぅ…………でもそんな簡単に割り切れない……」
「いいじゃない。ね。『とりあえずクリエイター』っていうことで。途中からディレクターに転身してもらった前例もあるよ。
この場合、
――ん、ん、ん。
灯里は煮え切らない声を出す。
「……私もなれますかね」
「今すぐとは言えないけど……うん。希望するのなら空きが出ればなれるよ。グミちゃんも梅田君も、ディレクターに興味ないみたいだし。グミちゃんは小さい頃からずっとピアノをやってるから、鍵盤が触れるクリエイターがやりたいんだよね。梅田くんはこれで几帳面なところがあるから、クリエイターみたいにちまちま物を作り上げていく作業が好きなんだって。二人ともクリエイター業務を心底楽しんでるよ」
奈々千が話している途中、梅田兄妹はそれぞれ自分が話題にされた部分で頷いた。「これで、は余計ですけどね」と梅田は最後に言い足した。
「倍率は1.0倍だね」
と、奈々千は灯里に向けていかにも受験生らしいことを言った。
・
(クリエイターかぁ……)
実を言えばもう少し食い下がりたいところではあったけれど、『防音室が無い』と言う事実は
切れそうなカードはすべて切れている。灯里はもう待つことしかできない。
「まぁ、いいですよ。とりあえずはクリエイターで。ディレクターになれなかったら」
――辞めればいいし。
さすがにその言葉は飲み込んだ。
後ろ暗い思いを抱えたそのとき、突然、
「今日のレクチャーはこれでおしまい。灯里ちゃん、ちょっと付き合って」
灯里は大きく開いた目をぱちくりさせて、どこへ、と
「もう一つ、灯里ちゃんに承知してもらいたいことがあるの。ここじゃ言えない話」
「焦らしますね……別にいいけど」
灯里は立ちあがってスカートの
(今度はエスコートしてくれないんだ)
別にされたい訳じゃないけれど。
なんだか寂しい。
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