4 灯里の本領(1/2)
(うおお、うるせええ)
入ってすぐ
――お、そ、い。
口をぱくぱくさせて凛子は明らかに不満げな表情を見せる。灯里は笑ってやり過ごす。
椅子はまぁ、有り余っているのだけれど、教室内はぴりっと空気が張り詰めているし、水を差すのも気が引けて、灯里たちは隅っこで壁に背をもたせて音楽が鳴り止むのを待った。
心臓を震わす大音響。
教室に流れているのはありがちなバラードだった。
メロウな女性ボーカルとピアノを中心に展開される音楽は、音の隙間を弦楽器が埋め、サビでギターが音楽に厚みを与えた。
曲が終わると、一瞬の間を挟んでまたすぐ次の曲が続いた。それが今聴いた曲とまったく同じ曲だったから、灯里は一瞬、
(……あれ、手違い?)
と疑ってみたけれど、よく聴けば今度のはカラオケ音源だった。
なるほど。
原曲とカラオケ音源を続けざまに聴いて間違い探しをする――どうもそういう手順らしい。
灯里が趣味でやっていた間違い探しとは手順が異なるから多少の不安を覚えたけれど、音楽が終盤にさしかかった頃、そんな心配は杞憂だったと知った。
「あ、またミス」
誰が作った音源か知らないが、酷いものであった。
途中参加の灯里でも、既に両手で数え切れないほど音程や和音の間違いを見つけた。
一人カラオケの趣味を休んで一週間経つが、灯里の勘はまったく衰えていなかった。
(やっぱり私、ディレクターに向いてる)
曲が終わるまでのわずかな時間、灯里はもう間違いを数えるのを止めて、そんなことを思っていた。
・
試聴会の進行は、副部長である
「じゃあ早速だけど、今聴いた音源で気になったことがある人はどんどん意見して頂戴」
音楽が止むなり凛子はめいめいに意見を促すが、自発的に手を挙げる者は一人もいなかった。
「ガッツがないな」
言ったのはブドウくんである。
丸々と肥えた見た目に反して、すっと耳を通り抜けるような澄んだ声だった。
椅子を持ってくる時間を与えられなかった灯里たちは、引き続き壁を背にしての立ち見である。
腕の触れ合う距離でグミと並び、
「グミちゃん、何か言ってみれば」
とか。
それとなくけしかけてみる。
その実、物申したくてうずうずしているのは灯里の方なのであるが、気軽に発言できる空気でもなければ、切り込む勇気もない。でもグミなら、何となく物怖じしなさそうである。
しかし、
「うーん。別に取り立てて指摘したいことも無かったんですよねぇ」
「え」
予想外の回答だった。
灯里にしてみれば今聴いた音源には突っ込みどころしかなかった訳で、なんならグミと「ダメダメだったよね」とか笑い合うくらいのつもりでいたのである。
だから、
「先輩は何かありました?」
グミにそう
そしてどうやら今の音源に問題がないと思っているのは、グミだけではなかったようである。
「……まぁ、いい出来だったんじゃないですか――と、俺は思いましたけど」
梅田の歯切れ悪い肯定が
「一曲目にしては無難過ぎる曲を選んでしまったわね。時間がもったいないし、次の曲に移りましょうか」
ディレクター候補の凛子までもがそう言い出して、結局灯里は心にわだかまりを残したまま次の曲が始まった。
・
次の曲になってまともな意見が出たかと言えばそんなことはまるでなく、最初と同じようなことがあと五曲分続いた。そしてその度に、
せいぜいハイライトを挙げるなら、途中で梅田の言った『ギターの
似るも似まいも。
(そんなこと、歌ってて気にならなくない?)
声を張り上げて歌っている最中、誰がギターの音色に耳を傾けるというのか。
――そんなことより。
(ガイメロの音程とかの方がよほど大事じゃない?)
だって、それは採点にも影響する。正しく歌っても加点されない、なんてどんな不良品。指摘すべきはそこだろう。
いよいよ堪らなくり、
「ん、ん」
灯里はわざとらしく咳払いした。
「あの、ちょっといいですか」
一瞬、声が裏返る。
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