4 カラオケ部

「――っはああ、さいっこうね! 学校カラオケ!」


 昼休みを数分残してカラオケを終わらせた二人は、書類を残していたカウンター席に戻った。


 灯里あかりはプールの後のような心地よい疲労感に包まれながら、独り言のように呟いた。


「あぁ……なんかエアポケット沈んだ。五限目サボろっかなぁ」


「ちょっと。もう灯里もカラオケ部の一員なんだから、あんまり不真面目だと活動停止になるじゃない」


「はあ? やっぱそういう手口でくるわけ? やだよ、学校以外で時間に縛られたくない」


 その実、灯里は内心、


(まぁ正直楽しかったし……入ってもいいかな)


 なんて思っていた。

 乗せられた感じがしゃくではあるけれど、多分いま入部届を出されたらさらっと書いてしまうだろう。


「とか言って。何気に入部に前向きなんでしょ」


「ばれたか。まぁいいよ。凛子りんこも困ってるみたいだし、助けてやるよ」


「ほんと素直じゃないわね……。まぁいいわ、そういうで」


「なんだよ建前って」


「別に。必要なんでしょ、建前が」


 灯里はなんとなく返事をしたくなくて、その言葉から逃げるように手元の入部届に視線を落とした。


 記名を終えるや、凛子はそれを奪うように取り上げた。じっくりあらためながら、澄ました横顔で灯里にとどめを刺す。


「灯里も意地ばかり張ってないで、そろそろ高校生活を楽しみなさいよ」


「……ぐっ」


 返す言葉もない。それは昨日、灯里自身が決めたはずのことだった。



「じゃぁ早速だけど、今日の放課後ここへ来てちょうだい。私は代理で部長会議に出るから顔を出せないけどヨロシクね!」


 うふ、と凛子りんこは悪魔めいた微笑みで締めくくろうとするが。


「えっ……おま、それは……冗談だろ?」


「本当よ。私、嘘は言わないもの」


「えぇ……私知らない人の前でなんて歌えないんだけど……」


「大丈夫よ、部活で歌うことなんてほとんど無いから! これからあなたは私たちと一緒に、」



 ――カラオケを、の。



「つく……、はぁ? 何を?」


「カラオケの、音源よ。流れてくるあの音。さっき聞いたでしょ? 灯里あかりの武士道教授、格好良かったなぁ。あれを私たちの手で生み出すの! しかもそれは、ちゃーんと全国のカラオケボックスに配信されるわ」


「待ってまって待って、全然わかんない! うそだろ!? 私がカラオケを……無理だって、無理むりむり! ていうかそんなの聞いてねぇし!」


「あははっ。言ったわよ、『学校でカラオケがの』って」


 ――そりゃ、言ってたけど。こんなの詐欺だ。


 あまりに唐突などんでん返しに灯里は言葉を詰まらせた。

 凛子は構わず続ける。


「そんなに怖がらなくても大丈夫よ。カラオケなんて鼻歌が歌える人なら誰にだって作れるのよ。ちなみにさっきの音源、違和感あった? 音程が違う~とか、音色おんしょくが似てない~、とか」


「そりゃいくつか和音がおかしいところはあったけど、許せない程じゃない……っていうかそうじゃなくて――」


「肥えた耳! さすが幼い頃から音楽やってた子は違う!」


 確かに灯里は三歳からピアノ、五歳からバイオリンを習っていたけれど、いずれも数年で辞めてしまっている。そんなものが、全国に配信されるカラオケを作るのに役立つとは思えない。


 けれど何を言っても聞く耳を持たない親友に、灯里は閉口する他なかった。

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